第62話 つまり、このドレスは
広い王宮の一室には、色とりどりの子ども用ドレスがずらりと並んでいる。
用途はもちろん、祝賀会用のアイのドレスを選ぶためだ。
あと子どもって成長が早いから、お洋服もこまめに新調しないとね!
たっぷり用意した自分のお小遣いを握りしめながら、私は恍惚の表情で言った。
「ふふふ、今回はどれがいいかしら。こっちの草原を思わせるパステルグリーンのドレス? それとも花の妖精みたいな黄色のドレス? 可愛いから、とりあえず全部着ちゃいましょうか!?」
私が鼻息荒くドレスを差し出すと、純度百パーセントの輝く笑顔で、アイが元気よく手を上げる。
「はぁい! ママ!」
すぐさま侍女たちがやってきて、アイも慣れた様子でササッと着替えていく。それを見ながら、私は早口で叫ぶようにして言った。
「ああっ! いいっ! すごくいいわ! あなたは天使ねアイ! そうだ、ちょっと体勢を変えてみてくれるかしら!? 首を少し右にかしげて……」
「ママ、こう?」
「そうそう、そんな感じ! うんうん、思った通り最っ高ね!!!」
指示通り愛らしいポーズを決めるアイに、私はハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら、設置してもらったキャンバスにシュシュシュッと描きこむ。
この光景は既に数え切れないぐらい繰り返されてきたため、侍女や仕立て屋も慣れ切った様子で終わるのを待っている。部屋の隅っこでは、めんどくさそうな顔をしたショコラがカカカカッと首を掻いていた。
そこへ、朝の政務を終えたらしいユーリ様もやってくる。
「エデリーン、ドレス決めは順調かい?」
「いつも通り、アイが可愛すぎてまったく決まる気がしませんわ!」
その言葉に、ユーリ様がニコリ……と微笑んだ。
ユーリ様も、アイのドレスを決めるのに毎回膨大な時間をかけていることを熟知しているのだ。
「とはいえ新年の祝賀会ですから、おのずと赤いドレスになりますけれども……」
言って、私は大量に用意された赤いドレス群を見た。
マキウス王国では、新年になると皆で「健康、力、豊かさ」を象徴する赤い色を纏う習慣がある。
全身赤が許されるのは王と王妃と大神官、それに聖女に限られるのだけれど、祝賀会の参加者も皆、必ず装いのどこかに赤を入れるはず。
「赤いのがいっぱいだねえ!」
なんて言いながら、ずらりと並んだドレスの間をアイがとてとてと駆けてゆく。
「これだけいっぱいあると選ぶのも大変ね」
プリンセスラインが美しい華やかな一着に、フリルで作った大きなバラが縫い付けられた一着。それから少し大人っぽいマーメイドラインに、ドレープが見事なボリューミードレス。
すべてが赤なだけに、目がチカチカとしてきそうだ。
「アイはどれか気に入ったものがあった?」
「うーん……。アイはねぇ……」
言いながらアイが、ドレスを一着一着念入りにチェックしていく。その目は鋭くきらりと光り、表情は狩人のように真剣だ。
ふふっ。あいかわらず真剣な顔も、なんて可愛いのかしら……!
アイのドレス探しを邪魔しないように、私は静かに鉛筆を走らせた。日々の一瞬一瞬が愛おしく大事で、絵に残さないともったいないんだもの。
やがて、これぞというものを選んだらしいアイが一着のドレスを持ってくる。
「アイはね、これがいいっ!」
「どれどれ……まあ」
差し出されたドレスを見て、私は驚きの声を上げた。
それは、広がったスカートのラインが美しい正統派のドレスだ。生地はベルベットでできており、胸元や腰、裾には金糸で豪華な刺繍が入れられている。上品かつ豪華で、どちらかというと子どもより大人が好きそうなデザインだった。
「すごく大人っぽくて綺麗だわ! アイはとってもセンスがいいのね!」
これを着てシャンとたたずんでいるアイを想像すると、それだけでよだれが出てきそう。お姉さんぽくおしゃまに背伸びしている女の子って、最高に可愛いわよね。
私が想像してふふふと笑っていると、アイがもじもじしながら言った。
「あのねぇ、アイたち、しゅくがかい? にでるんでしょう?」
「ええ、そうよ。そこで皆様に、新年のご挨拶をしましょうね」
「なら、アイ、ママとおそろいがいいなっておもって、それをえらんだの!」
「えっ……?」
私は目を丸くした。
私と、お揃いがいい……? つまり、このドレスは、もしかして……。
私がわなわなと震える前で、アイがニコッ、と大輪の花が咲くように微笑んだ。
「だからこのドレスはね、ママににあいそうだなっておもってえらんだの!」
あああっ!!!
新年最初の浄化をいただきましたわ~~~!!!
ズシャアッ、と私は鼻を押さえながらその場に崩れ落ちた。
「ママ、だいじょうぶ? はい、ハンカチ」
そこに、困り顔のアイがスッとハンカチを差し出してくる。
最近はアイも私の奇行にすっかり慣れて、ちょっとやそっとじゃ驚かなくなってきたの。おまけに、ハンカチまで用意してくれるようになって……成長ってすごい。
「アイが私のことまで考えてくれるようになったなんて……感動で、涙が止まりませんわ」
「エデリーン……最近の君、どんどん涙腺が緩くなってきてないかい……?」
むせび泣いていると心配そうな顔のユーリ様に言われて、私はハンカチで目を拭った。
「それは私も最近自覚しておりました。でも、アイがあまりにも可愛すぎて……!」
言いながらぎゅっとアイを抱き寄せれば、アイが嬉しそうに「えへへ」とはにかむ。その笑顔の可愛さといったら。私は思わずもう一度腕に力を込めた。
ああ、本当にこの子はなんて可愛いのかしら。
前にアイのことを宝物と言ったけれど、もはや宝物という表現ですら足りないほどよ。命に代えても守りたい存在って、こういうことを言うのね。
愛しくて、尊くて、大事で。
アイの実親のことを思い出すと苦しくなるけれど、もしかして世の中の親たちは、みんなこういう気持ちを抱いていたのかしら? 私のお母様やお父様も、私のことをそう思っていてくれたのかしら? だとしたらそれって……とっても幸せなことよね。
しみじみとそんなことを考えながら、私はアイに向かって言った。
「アイ、祝賀会ではお揃いのドレスを着ましょうね。……そうだ。パパの服もこの生地で作ってもらいましょうか? もちろん裾には、お揃いの刺繍も入れてもらうのよ」
「パパも!? やったぁ! みんなでおそろいだねっ!」
言いながら、アイが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。
「ユーリ様もそれで構いませんか?」
「もちろんだ。みんなでお揃いを着よう」
言って、ユーリ様はアイを高く抱き上げた。
「きゃははっ! たかーい!」
高い高いをされながらアイが、バッと両手を真横に広げてはしゃぐ。
「ひこーき!」
……ヒコーキって何かしら? 単語の意味はよくわからないけれど、アイの笑顔を見ていると「まぁいいか」という気がした。
「じゃあ祝賀会では、思い切りおめかししないとね」
「うんっ!」
私たちは仕立て人にお揃いの一式を頼むと、祝賀会の日を待った。
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