【書籍予約開始記念SS】新年おめでとう、アイ

※ぜひ活動報告に載せている書影を見てからお読みください……!



 隣でもぞもぞと動く気配がして、寝ていた私はふっと目を開けた。


 カーテンから陽光が差し込む薄暗い部屋の中、ベッドの真ん中で、既に起き出したアイが寝巻のまま何やら動いている。


「おはよう、アイ。そんなところでどうしたの?」


 私はサイドデスクに載っていた呼び鈴をちりりんと鳴らしながら体を起こした。アイを挟んだベッドの向こうでは、ユーリ様もむくりと体を起こしている。


 そこへ、頭にぴょこんと寝癖をつけたアイが、目をきらきらと輝かせて言った。


「おはようママ! あのねぇ、しょこらがまた、あめちゃんくれたんだよ!」

「あめちゃん……?」


 見ると、ベッドの上には聖女式典で見た虹色の飴が大量に散乱していた。しかも、今度はご丁寧に、全部透明でつるつるする不思議な紙にくるまれている。


「ショコラが?」


 名指しされたショコラはと言うと、飴に埋もれながら、お腹を見せてのび~と寝っ転がっていた。


 私がまじまじ見つめる横で、朝の支度をしにやってきた三侍女が素早く部屋のカーテンを開け放ってゆく。差し込んできた太陽光に照らされた飴は、より一層の輝きを放って、まるで宝石のようにきらきらと輝いた。


「これは一体……? こんな紙は見たことがないな」


 驚いたユーリ様が飴を摘まみ上げ、まじまじと観察している。そこへ、三侍女たちの元気な声が響いた。


「「「ユーリ様、エデリーン様、アイ様、おはようございます! そして新年おめでとうございます!」」」


 すぐにユーリ様が国王の顔になる。


「皆、新年おめでとう。今年もよろしく頼む」

「皆、新年おめでとうございますわ。私と一緒に、今年もユーリ様とアイを支えてくれると嬉しいですわ。ほら、アイもご挨拶できる?」


 私がうながすと、ベッドの上で飴にまみれていたアイがちょこんと座り直した。


「しんねん、おめでとうごじゃいます!」


 キリッとした顔でアイが言うと、三侍女たちからキャアアと悲鳴が上がる。


「かっかわいい~~~!!! ……じゃなかった、よろしくお願いいたしますアイ様!」

「新年早々アイ様のお世話をできるだけでも幸せですのに、ご挨拶をいただけるなんて!」

「一生ついてゆきますわアイ様!」


 そんな三侍女たちを前に、アイがほっぺを赤らめ、嬉しそうに「えへへ」と笑っている。

 天使の如き愛らしさあふれる姿に私も我慢しきれず、後ろからぎゅっとアイを抱きしめた。


「うふふ、今年もアイの可愛さは光り輝くようね! 今年もどうぞよろしくね、アイ」


 やわらかな髪にすりすりとほおずりする。小さくあたたかい体からは石鹸の優しい香りがして、私は少し涙ぐみそうになった。


 ――ここに来たばかりの頃のアイは、どこもかしこも真っ黒に汚れていた。だから今、当たり前のように清潔な格好でいてくれていることが、なんだか嬉しかったの。


 私が幸せを感じながらぎゅっと抱きしめていると、腕の中のアイがもぞりと動いて興奮した声で言った。


「ねえママ! しょこらからもらったあめちゃん、きょうのぱれーどでくばっちゃだめかなあ?」


 パレードというのは、毎年マキウス王国で行われている新年パレードのことだ。

 そこでは総勢で数千人を超える大道芸人や踊り子、演奏団などの人々が集められ、国の総力を挙げた年に一度の大規模パレードが行われる。


 私たちは直接パレードに出ていくことはないものの、役者が王族や聖女に扮して登場するのだ。アイはきっと、その聖女役の人に飴を配ってほしいのだろう。


 私はちらりと飴を見た。

 初めて見た日以来、あらゆる方向から調べてみた結果、飴は安全だという結論が出ているけれど……。


 私はユーリ様にこそこそと耳打ちした。


「ユーリ様、これ、皆様に配れるでしょうか……?」

「安全性の面では問題ないが……これだと恐らく量が足りない」


 こそこそと囁き返されて、私は眉をしかめた。


 そうなのよね。やっぱり、数が問題なのよね。確かにベッドの上にはたくさん飴があるけれど……新年パレードの行進はとにかく道のりが長く、数時間にもわたるんだもの。


 そんな私の表情を読み取ったのだろう、アイが見る見るうちにしゅんとした顔になる。


「ああっ! 違うのよ、アイ。まだ無理と決まったわけじゃ……!」

「そっそうだぞアイ! ちょっと数が足りないだけだから、他の飴も混ぜて数を増やせば……!」


 途端に私とユーリ様がおろおろとあわてた。


 新年早々アイを悲しませてしまうなんて!!!


 そこへ、ショコラののんきな声が響く。


「にゃあーん」


 かと思うと、軽い身のこなしで、ショコラがとんっとベッドから飛び立った。

 そのまま丸い体を揺らしながらぽてぽて歩いたかと思うと、ちらりと振り返り、アイに向かってまた「にゃあん」と鳴いてみせる。


「ほんとう!? ありがとう、しょこら!」


 すぐさまぱっと顔を輝かせたアイが、とたたた、とショコラの後を追いかけていく。


 えっ!? あのふたり、もしかして言葉が通じているのかしら……!?


 みんながじっと見つめる前で、ショコラとアイはユーリ様の部屋へと続く扉を開けた。今まであんまり使ったことないけれど、実は私たちの部屋って繋がっているのよね。


 それから。


「ママ、パパ。アイがいいよっていうまで、はいってこないでね! ぜったいにだめだからね!」


 アイがにここにこしながら言ったかと思うと、勢いよくパタンと扉が閉められた。


 残された私とユーリ様は顔を見合わせ……それから示し合わせたように、ふたりでビトッと扉に耳を張り付けた。よく見ると扉の下の方には、三侍女ももぐりこんで聞き耳を立てている。


「――……わぁっ、しょこらすごいねえ! いっぱいだあ……――」


 扉の向こうからは、アイのはしゃいだ声が聞こえる。


「一体、扉の向こうで何が起きているんだ……!?」

「というか本当にあれ、ショコラが出すのかしら!?」

「あのぉ、前から思っていたんですけれど、ショコラってなんか普通の猫っぽくないですよね?」

「シッ! アイ様の猫ちゃんになんてことを言うの!」

「そうよそうよ! 可愛ければいいのよ!」


 なんて大人たちでごにょごにょ囁いていると、突然扉が開いた。

 寄りかかっていた大人たちが、どしゃどしゃっと扉の向こうに転がる。アイの叫び声が聞こえた。


「わぁっ!?」

「すまない、びっくりさせたな……。大丈夫かエデリーン」


 侍女たちの上に折り重なった私に、すんでのところで倒れずに済んだらしいユーリ様が手を差し出してくれる。

 その手を取りながら顔を上げた私は――目の前にある飴の山を見て、目を丸くした。


「きゃあ!? すごい量ね!?」


 飴は部屋の中に、こんもりと大きな山を作っていたの。

 その量は、アイの小さな体など簡単にすっぽりと埋もれてしまうほど。


「えへへ、しょこらがつくってくれたんだよぉ」


 そう言ってアイは、ショコラの脇の下に手を差し込むとよいしょっと持ち上げてみせた。

 ……が、だらーんと縦に抱き上げられた当のショコラは、舌を出しながらハァッハァッと息をしている。


 ……ちょっとまって、こんな苦しそうな顔のショコラ初めて見たわ。大丈夫なの!?


 私は急いで水を持ってこさせると、ショコラに差し出した。アイの腕から抜け出したショコラが、ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃと必死に水を飲んでいる。


 それにしても……。


 ショコラに水をあげてから、私は改めて飴の山を見た。


「すごいわ。これをショコラが……?」


 ……飴を作り出せるなんて、どう考えても普通の猫じゃ、ないわよね?


 ちらりと隣のユーリ様を見ると、ユーリ様も何やら難しい顔で考えていた。


 ――けれど。


 ユーリ様はふっと微笑んだかと思うと、アイと、それからショコラの頭をぽんぽんと撫でた。


「……ありがとう、アイ。ショコラ。これだけたくさんあれば、きっとパレードで皆に配ってあげられる」


 見守る私の方を向いて、ユーリ様が言う。


「エデリーン、大丈夫だ。ショコラは確かに普通の猫ではないかもしれないが……信じてもいいと思う。ふたりの絆は強い。それに、ショコラも家族の一員だろう?」


 その言葉に、私ははっとした。


 ……そうよね。ショコラだって、家族の一員だもの。

 アイはもちろんショコラのことが大好きだし、ショコラもツンツンしているように見えて、実は誰よりもアイのことを大事にしている。


 だったら、私たちは信じて見守るのみだと、ユーリ様は言っているんだわ。


 私はぜぇぜぇと息をしながら床にぐてーっと伸びているショコラを抱き上げた。ふわふわの毛並みに、ほんのり香るお日様の匂い。


「アイのために頑張ってくれてありがとう、ショコラ。今年もよろしくね」

「にゃあ~ん」


 私の言葉に、けだるげな返事が返ってくる。


「アイも! アイもよろしくする~!」


 すぐにアイがやってきたから、私はしゃがんだ。そのままショコラのもふもふのお腹に、ばふっとアイの顔がうずめられる。


「えへへ、しょこらのおなか、ふわふわだねえ」

「あおーん」


 アイのくぐもった嬉しそうな声と、どこかめんどくさそうなショコラの鳴き声が聞こえて、私は笑った。周りではユーリ様も三侍女も、ニコニコしながらふたりを見つめている。


 ――アイに、ショコラ。それからもちろんユーリ様。

 今年もみんなで、楽しい思い出をたくさん作りましょうね。


 たくさんの飴が山盛りになった部屋の中、あたたかな陽光に照らされながら私はにっこりと微笑んだ。

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