第60話 式典を終えて

「お疲れさま、アイ。今日はよく頑張ったわね」


 夜。すべてを終えたわたしたちは、寝室で寝る準備をしていた。

 いつものように、アイの髪を侍女ではなく私がとかす。一日を終えて、こうしてアイとゆっくりとふれあい時間を取るのも密かな楽しみなのよね。とかした髪の先から、一日の疲労が溶けて消えるみたい。


「今日のアイ、とても立派だったわ! どこに出しても恥ずかしくない、ママの自慢の子よ」

「ほんとう? えへへ」


 私が褒めれば、アイが恥ずかしそうにもじもじした。それから嬉しそうに言う。


「きょうはね、ショコラもアイといっしょにがんばったんだよねえ」

「ショコラも? いっしょに?」

「うん」


 ……ショコラは式典中、部屋でお留守番していたはずだけれど、そのことを言っているのかしら?


 私が不思議に思いながら振り返ると、当のショコラはひと足早くベッドにごろりと寝転がっている。一応ショコラ専用の猫ベッドも隣に置いてあるのだけれど、すっかりアイの隣を寝床に決めてしまったらしい。


 そこへ、ガチャリとドアが開く音がしてユーリさまが姿を現した。


「遅くなってしまってすまない」


 彼は、今までずっと空から降って来た謎の飴の分析をしていたはずだ。


「お疲れ様でしたわ。それで、飴の方は……?」

「うむ……。神官に魔法使い、それに薬師に毒師まで呼び寄せてみたが、皆一様に『ただの飴ですね』と口をそろえて言う。しかしそんな催しは予定にないし、当然誰も知らないと答えている。……本当に不思議だ」


 首をかしげるユーリさまに、目を輝かせてアイが言った。


「あのねえ、それねえ、ショコラがくれたんだよ」

「「ショコラ?」」


 私とユーリさまの声が重なる。なんでここでショコラの名前が?


「アイ、ショコラが飴をくれたの?」

「そうだよ。だってショコラのおてて、みえてたよ」

「そういえば……」


 確かにあの時、黒猫の小さな手が見えていた。黒い毛並みといいピンク肉球といい、目の前で寝そべっているショコラの手にそっくりだ。

 私はショコラに近づくと、肉球をぷにぷにと押しながら聞いた。


「ショコラ、まさか本当にあなたなの?」

「にゃ~~~お」


 それはまるで「そうだよ」と返事をしているみたい。

 でも……ショコラは猫よ? いくらこの世界に魔法があるとは言え、そんなこと……。


 それからわたしはハッとした。

 あるじゃない! ひとりだけ、そんな芸当を可能にできる人が!

 私は急いでアイの手を取り、目をつぶる。


 すっかり忘れていたけれど、こうすることでアイのスキルを確認できるのよ。


 すぐさまぼやぼやと、頭の中に文字が浮かんでくる。そこには――。


『聖女アイ:スキル魔物探知、以心伝心(対象、王妃エデリーン)、スキル映像共有(対象、王妃エデリーン)』


 うんうん、この辺りはもちろん知っているわ。問題は……。


『聖女アイ:才能開花(対象、周囲の者)』


 しれっと紛れ込んでいるこれは何!?


 私はカッと目を見開いた。

 こんなの知らない! 完全に初耳……いや初見よ! 今までスキルが増える時は大体バチッと衝撃が走っていたからてっきりそういうものなのかと思っていたけれど、まさかサイレントで紛れ込んでいたなんて……!

 しかも対象者が、今回に関してはものすごく広い。周囲の者って、文字通り周りにいる人ってことよね!? 私だけではなくユーリさまやハロルドにホートリー大神官にサクラ太后に……もしかしたら侍女たちや、それこそ猫であるショコラだって含まれることになる。


 あらっ? そういえばサクラ太后が最近ぽんぽん色んな技を見せてくれるのって、まさかこれが原因……!? 力を取り戻したのかと思っていたけれど、むしろ完全に新しい才能だったりするの……!?


「どうした?」


 目を白黒させた私に、ユーリさまが尋ねる。私はすぐさまアイのいつの間にか覚えていた新スキルのことを放した。


「ふむ……。確かに、そのスキルだったら説明がつくな。飴を出すというものも……突拍子もないと言えばないが、猫の思考だからな……」


 確かに、猫が何を考えているかなんて私にはわからない。もしかして本当にショコラが……? いやでも、うーん……。


「ショコラ、すごいねえ。いいこいいこ」


 悩む大人たちとは反対に、アイが当然と言わんばかりにショコラを撫でくりまわした。にゃーおというショコラの幸せそうな声に、私はふっと肩の力が抜ける。それはユーリさまも同じだったようだ。


「……なにはともあれ、無事に終わってよかった。心配していたような騒動も起きなかったし、これでアイは皆が認める聖女として、この国で生きていけるだろう」


 そう言うユーリさまは、とても穏やかな顔でアイを見つめている。

 慈愛に満ちた瞳は、どこからどう見ても立派な父親だ。式典でアイに声をかけた時といい、抱き上げた時といい、すっかり父親ぶりが板についてきているみたい。


 私はふっと微笑んだ。


 ――少しずつ、少しずつ。

 始まりは普通とは違ったかもしれないけれど、それでも私たちが歩んできた道は確実に続いている。


 私は悟った。人はきっと、こうして親になっていくんだと。

 私もユーリさまもアイを生んだわけじゃないし、赤ちゃんの頃のアイも知らない。もちろん、血の繋がりもない。


 それでも、アイはまぎれもなく私たちの娘なのよ。


 “アイを守りたい”と思ったその日から。


「君も、本当にありがとう。アイがあんなに落ち着いていられたのも、すべて君がいてくれたおかげだ」


 そう言って、今度はユーリさまの瞳が私に向けられる。

 それは胸の奥がドキドキしてくるような、優しい笑みだった。


 ……ハッ! わ、私ったら、こんな真面目の話をしている時にうっかりときめくなんて! いけないいけない、もっとしっかりしなければ。……でもユーリさまってほら、意外と美形だから……。それに最近は結構、頼もしいし……。


 必死に言い訳をしながら、私は深呼吸して息を整えた。


「それはユーリさまもですわ。アイを守ろうとしていた姿、その……とてもかっこよかったです」


 私が控えめに褒めれば、見る見るうちにユーリさまの顔が真っ赤になる。ふふっ、この方たくましい体して、意外とこういうところは純真なのよね。


 私がくすくす笑っていると、目をこすりながらアイが私たちを呼んだ。


「まま、ぱぱぁ……。アイ、もうねむたくてたまらないよぉ……」


 あらら、急に疲れが出てきちゃったのね。

 私は急いでアイのところに駆け寄ろうとして、それから振り向いた。


「ユーリさま。……お手を」


 そっと手を差し出すと、ユーリさまが目を見開く。


「つ、繋いでいいのか?」


 私は思わず笑った。


「もちろんですわ。そもそも本当の夫婦になろうって言ったの、ユーリさまじゃありませんか」

「そ、それはもちろんそうだが!」

「もちろん、嫌ならいいんですのよ?」

「いや繋ぐ! 繋ごう!」


 すぐさま、サッとユーリさまの手が伸びて来た。

 その手は大きく、私の手をすっぽりと包んでしまえるほど。


 ふふっ……なんだかくすぐったいわね。殿方とこうして手を繋ぐの、初めてかもしれないわ。


 大きな手はあたたかく、それでいて私の手を握りつぶさないように細心の注意を払ってくれているのがわかる。包まれた手が、ぽかぽかとして心地いい。


 式典もひと段落したし……これからは、もうちょっとこう、夫婦らしいスキンシップを増やしていってもいいかもしれないわね? もちろん、ユーリさまに嫌がらなければ、だけれど……。


 そんなことを思いながら、私たちは手を繋いだまま、ゆっくりとアイのもとに歩いていく。


 手を繋いだ私たちを見て、アイが「にへへ」と嬉しそうに笑った。



======



★これにて第一部完。

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第二部は現在絶賛制作予定です。なるべく早く更新再会したいとは思っていますが、書籍化作業でちょっと間が空くかもしれません……! 気長にお待ちいただけると嬉しいです。

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