第57話 聖女たちのお披露目

 パレードの後は、いよいよ最後のイベントである王宮広場でのお披露目よ。


 バルコニーに繋がる部屋の中で、私たちは最後の身支度を整えていた。そうしている間にも外から、ガヤガヤとした人の声が聞こえてくる。バルコニーから見渡せる王宮広場には、今頃聖女をひとめ見ようとやってきた民たちで埋まっているはずだった。


「それでは、扉を開けます!」


 緊張した声の侍従たちが、動きをそろえてきびきびとガラス扉を開け放っていく。途端、まだ姿を見せてもいないというのに、ワァァアッという人々の興奮した声と熱気が王宮内に勢いよく流れてきた。


 アイの小さな手が、私の手をぎゅっと握る。ずっと馬車で走っていたパレードと違って、バルコニーでのお披露目は、民衆たちの視線がすべてアイに注がれる。そのことを、きっと肌で感じていているのね。


「大丈夫だ。私たちがそばにいる」


 私が口を開くより早く、ユーリさまがアイに向かって言った。こくん、と小さな頭がうなずいたのを見て、私は微笑んだ。ふふっ。気付けばユーリさまも、すっかり“パパ”として頼もしくなっている。


 ふたたび三人で手を繋ぎ、私たちはバルコニーへと一歩踏み出した。後ろからはサクラ太后やホートリー大神官たちもついてくる。


 私たちの姿にワッと巻き起こった歓声が、そのまま熱気となって頬を撫でていく。アイが緊張した面持ちで、用意された踏み台へと上った。赤い横断幕が張られたバルコニーの柵は、アイには少し高かったのよ。


 けれど。


「……あら」


 私は思わず声に出した。踏み台を上ったはずなのに、柵は相変わらずアイの肩ぐらいまでをすっぽりと覆い隠している。これでは、やってきた人たちにはアイの顔ぐらいしか見えないわ。予定では上半身はすべて見えるはずだったのだけれど、どうやら不備があったらしい。一応、顔は見えていると言えば見えているけれど……。


 私が考えていると、ユーリさまがひょいっとアイを抱き上げた。そのまま片腕にアイのお尻を乗せて、椅子のように座らせている。もちろん、落ちないように空いた方の手でがっちりと支えていた。


「わぁ! たかあーい!」


 アイがユーリさまの首に捕まりながらきゃっきゃと喜ぶ。さすが普段から鍛えているだけあって、ユーリさまの腕の安定感はばっちりらしい。


 よかった! これならみんなにもアイの姿がよく見えるわ。


「馬車のときみたいに、手を振ってごらん。きっと、みんな喜んでくれるはずだ」

「……こう?」


 うながされて、アイが控えめに手をふると、たちまち歓声が上がった。

 広場を見れば、たくさんの人たちがアイを見て喜んでいる。近くにいる人にいたっては、その顔まで見えた。皆の表情は一様に明るく笑顔で、それだけでアイを歓迎しているのが伝わって来る。


 よかった。

 私は胸をなでおろした。さすがにブーイングが飛んでくるとは思わないけれど、それでも人々が喜んでいる直接を見られるとほっとするわね。歓迎の雰囲気はアイにも伝わったみたいで、ユーリさまと一緒になってニコニコしながら手を振っている。ふふっ、その姿もなんて可愛らしいのかしら。


 しばらくすると、ユーリさまの隣に立っていたサクラ太后が一歩前に進み出た。みんなの視線が集まる中、穏やかに微笑んだサクラ太后が優雅な動きで手を掲げ、一振りする。それはまるで、皆に祝福を撒いているようだ。


 そんな太后の動きに連動するように、空にふわぁっとやわらかなミルキーカラーのオーロラが広がった。柔らかに揺れる光のカーテンに、わああぁっ! と大きな声が上がる。


「すごーい、きらきらだあ!」


 アイも目を輝かせながらその光景に見とれていた。


「本当は夜の方がもっと綺麗に見えるのだけれど、ないよりはあったほうが、聖女っぽいでしょう?」


 そう言ってサクラ太后はいたずらっぽく笑った。その笑みはまるで少女のように可憐だ。


 サクラ太后も今やすっかり以前の朗らかさを取り戻していた。聖女の力も戻っただけではなく「アイちゃんが喜びそうな技を思いついたの」なんて言って、不思議な曲芸を見せてくれることすらあった。今空に浮かんでいるオーロラも、その産物のひとつ。なんでもホートリー大神官と、どんなことをしたらアイが喜ぶのか、ずっと考えていたらしい。


 アイのスキルは突然出てくることがほとんどだったけれど、熟練の聖女になったら、そんなこともできるのかしら……?


 改めてその仕組みの不思議さを感じていると、カーン、カーンと鐘の音が聞こえた。これは、バルコニーでのお披露目終了の合図だ。


 サクラ太后のオーロラも消え、侍従に促された皆が広場に背を向ける。


――そのときだった。


 一瞬サッと空が暗くなったかと思うと、先ほどまでオーロラが輝いていた場所に、暗雲が立ち込めたのだ。それも普通の暗雲ではない、まがまがしさすら感じる真っ黒な雲だ。


「……っ! 何事だ!」


 あんなものは、予定にはない。その場にいた全員に、一瞬にして緊張が走った。

 ユーリさまがすばやくアイを背中に隠す。


「まさか、魔物……!?」


 私もユーリさまの背にいるアイをかばうように立つ。何が起きたかわかっていない民たちは、ざわざわしながら空に浮かぶ黒雲を指さしている。


「今すぐ民たちを避難させよ!」


 ユーリさまの緊張した声が、バルコニーに響き渡った。

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