第50話 何でも着こなしちゃうって、罪よね ◆――アネモネ(ショコラ)

「アイ、他に何か食べたいものはないか? とろうか?」


 そう言いながらいそいそと色んな食べ物を差し出しているのは、ちび聖女の父親、もといこの国の国王だ。


 あたいは味のしないゆでささみをハグハグ食べながら、ニコニコデレデレしている男の顔を盗み見た。


 この男……最初見たときは険しい顔に厳しいオーラをまとっていかにも“手練れ”って感じだったのに、ちび聖女に「パパ」って呼ばれて以来、顔が溶けきっちゃってるじゃない。


 あんた、そんなデレデレの顔してたら、せっかくのイケメンなのに女に逃げられるわよ? ……って思ったけど、その隣で母親の女も似たような顔をしていたから、ある意味お似合いなのかもしれない。ま、夫婦は似てくるって言うしね。


「アイはもうおなかいっぱいだよ、パパ!」

「そうかそうか。ならいいんだ」


 嬉しそうに微笑みながら、男がぽんぽんとおちびの頭を撫でる。


 あーあ、見てらんない。ゲロを吐きそうなほど甘い顔って、こういうことを言うのかしら? うわっ! よく見たら隣の女も同じ顔してるじゃない! 全くこの夫婦は……! 見ているこっちの気持ちにもなって欲しいわ!


 あたいがうんざりして顔を上げたところで、もうひとり面白い顔をしている人物を見つけた。いつもあたいのご飯を準備してくれる料理人の男で、必死に笑いをこらえてるみたいだけど、たまに「ぶふっ……あのユーリが……」なんてぼそぼそ囁いているの、あたいには聞こえてるのよね。


 そんなことを面白がってる暇があったら、あたいにおかわりを持ってきてくれてもいいのよ? でも料理人の男はこっちを見てなかったから、あたいは諦めて毛づくろいを始めた。


 さて、今日はどうしようかしらね。

 そりそりと前脚を舐めながら、あたいはこれからの作戦を練った。


 最近はいよいよ聖女式典とやらが近づいてきているらしくて、国王も母親の女も忙しそうに走り回っているけれど、相変わらずちび聖女の周りはガードが固いのよね。しかもこの間池に落ちて以来、さらに護衛が増えちゃったの。


 双子騎士と三侍女たちが交代で常におちびを見張っているし、とてもじゃないけどこの間みたいに誘い出すことはできない。夜は夜であの女はおっかないし、どでかい図体の男も増えたものだから、ベッドが狭くて困っちゃうわ。


 あたいが悩んでいると、いつの間にか食べ終わっていたらしいおちびが、何かを持ってたたたっと走ってきた。……なによそれ、リボン?


「ショコラ! これから、ショコラはアイたちのかぞくなんだって!」


 家族? なんであたいがあんたたちの家族になるのよ?

 母親の女がニコニコしながら歩いてくる。


「とうとうショコラの飼い主は見つからなかったけれど……代わりに、正式にショコラをうちの子としてお迎えしましょうね」

「うん!」


 おちびが嬉しそうにうなずいた。その目は太陽の光をいっぱい反射して、きらっきらに輝いている。頬だって紅潮して、これ以上ないくらい「嬉しい!」って顔をしていた。


 ……ふ、ふん。あたいは魔物だから家族なんていうのは人間が勝手に言っていることだけれど、まあ、その、なんていうか…………そんなに喜ばれるのは、悪くないわねってちょっとだけ思ったわ。……ちょっとだけよ!? ほんとに、ちょびっっっとだけだからね!?


「だからねえ、かぞくのおいわいに、りぼんもらったの!」


 そう言っておちびがずいっと差し出したのは、よくみたら猫用の首輪じゃない!

 あたい、いやよ! そんな窮屈なもの。しかも、色が白いじゃない! このあたいに白をまとえだなんて、屈辱以外の何物でもないわ!


 でもおちびが本当ににこにこしながら差し出してくるものだから、一瞬あたいは逃げそびれてしまった。その隙に、母親の女がするりとあたいの首にリボンを巻く。


「うん、とってもかわいいわ! 見てアイ。ショコラ、すっごく似合ってる」

「かわいい~~~! すっごくかわいい! ほんとうにきれいなねこちゃんだねえ!」


 目を輝かせ、おちびが両手をぱちぱちと叩いて大喜びする。


 ……そ、そう? そんなに似合ってる? やっぱりあたいくらい上位の魔物になると、聖女の色も着こなしちゃうのかしら?


 あたいは自慢げにつんと顎をそびやかした。それから、サービスとばかりにくるっとその場を回って見せる。


「かわいい~~~!!! ほんとうにかわいいねえ~!」


 言うなり、はしゃいだおちびの手がにゅっと伸びてきた。


 ぐえっ。


 ぎゅううううっと抱きしめられて、あたいは声を漏らしそうになる。子どもとは言え人間は人間。猫の姿をしているあたいから見ると、とっても大きいのよ。


 全く、力加減には気を付けなさいよね!


 精いっぱいの抗議を込めて両手でばしっとおちびの顔を押さえると、なぜかおちびはげらげらと笑いだした。


「ショコラのにくきゅう、やらかいねえ~」


 ちょっと、勝手に肉球の感触を楽しまないでくれる!? あたいはうんざりしたように、尻尾をパタン! と振った。

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