第48話 察してくれ ★――ユーリ
……困った。全く眠れない。
隣でアイとエデリーンが寝息をたてる中、私はひとり暗闇で目を見開いていた。
一緒に寝たい、と言われて仕事を切り上げ、彼女たちと一緒に寝室に来た。その後アイを挟む形で私たちはベッドに横になり、少しばかり話をした後で、アイと、それからエデリーンはすやすやと寝だしたのだ。
私の左には、アイの小さな手が包まれている。反対の手はエデリーンが握っていた。アイが「てをつないでねたい」と言ったからだった。
私はそっと横で眠るアイを見た。
まだあどけなさの残る顔に、まるく柔らかそうなほっぺ。その両目は閉じられており、ぽこっとふくらんだおなかが、規則正しい上下を繰り返している。
初めはただただ戸惑いしか感じなかった彼女の存在は、いつの間にか自分の中でかけがえのない存在になっていた。無防備で愛らしさに満ちた寝顔を見るたびに、父親としてなんとしても守らなければいけないと思う。
ぎゅっと、痛くならないよう、けれどしっかりその小さな手を握ってから、私はその奥で眠るエデリーンを見た。
月の光に照らされた彼女も、穏やかな寝顔をしている。その顔に警戒と言う二文字は、全くない。私はかすかに眉をしかめた。
……私も一応男のはずなのだが、全く意識されていないのだろうか?
つい恨みがましく、そんなことを考えてしまう。
私は初めて見るエデリーンの寝間着姿に危うく鼻血を吹き出しかけ、その後もずっともんもんと……いや、少々目のやり場に困っていたのだが、エデリーンの方はと言うといたっていつも通りだった。私の寝間着姿を見ても何一つ顔色を変えず、いつもと変わらぬ態度、変わらぬ笑顔でアイに語り掛けていた。
なんとか表情には出さなかったものの、私は内心動揺していた。
なぜだ!? そこは普通、もっと驚くものではないか!? いや……それとも、むしろ寝巻ひとつでこんなに動揺してしまう私の方がおかしいのだろうか?
私は空いた片手で頭を抱え、自問した。
確かに今までほとんど女性と関わることはなかったが……それでも、自分の伴侶の寝間着だぞ!? 初めて見るのだぞ!? どきどきするのが、普通なのではないか!?
一瞬、私は悪友であるハロルドに、これが正常な反応であるかどうか聞いてみようかとも思った。だが、すぐにその考えを打ち消す。
奴は最近ことあるごとに「遅咲きの恋は大変だよな。なんかあったら相談にのるから、気兼ねなく相談してくれよ。な?」なんてニヤニヤしてくる。それでもって、奴の言葉を真に受けて本当に相談したが最後、騎士団全員に言いふらされるのが目に見えていた。
だめだ。ハロルドに相談しては、絶対にだめだ。
私は固く決意した。それから言い訳じみた考えを思い浮かべる。
これはあれだ、きっと性別による差だ。男性は女性より、そういうのに反応しやすいようにできているんだ、きっと。知らないけど多分そう。
それから私は小さく深呼吸した。
私が騎士団に入ったばかりの頃、騎士たちがことあるごとに下品な話で盛り上がっていたが、その中でも私は常に冷静で心をかき乱されることはなかった。今も根は変わっていないはずだ。精神を統一し、あの時の落ち着きを思い出せば――。
そこまで考えたところで、私は視界の端に映った光景にぎょっとした。
アイとエデリーンのそばで、寝ていた猫のショコラが立ち上がっていた。それからショコラはそのままエデリーンの胸元に乗ったかと思うと、その、彼女の、む、胸を、ふみふみともみはじめたのだ!
私はガバッと勢いよく起き上がった。
そんな私を、ショコラは「何か?」とでも言うように一瞥しただけで、またすぐにふみふみもみもみと気持ちよさそうに踏みしめている。ゴロゴロと、喉を鳴らす音まで聞こえてきた。
最近、エデリーンがよく眠れないと言っていたのは、これが原因だったのかもしれない。猫と言えど、それなりの重さがあるのだ。私ならともかく、女性であり細身のエデリーンには重いに違いない。
「ショコラ……。やめなさい、ショコラ……!」
ふたりを起こさないよう小声で囁いてみるが、ショコラには全く届いていない。そのうち、エデリーンの口から苦し気な、それでいてどこか悩ましげな、「うぅん……」という吐息が漏れた。
それを聴いた瞬間、目の前が真っ赤になった。
先ほどの深呼吸も落ち着きも精神統一も、すべて無に帰った。己の体を走るビリビリとした激情だけが、体を支配している。
ぐっ……! いけない。
勢いのまま暴走しそうになる己の手を鉄の意思で押さえつけ、私は磨き上げた身体能力をフルに活用してすばやく音も揺れもなくベッドから抜け出した。それからまだ気持ちよさそうにエデリーンの胸……元をもんでいるショコラを間髪入れずに抱え上げ、寝室を後にする。
――色々、限界だったのだ。察してくれ。
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