第47話 いままで、寝台をともにしたことってなかったものね

 ぶすぅ、とふくれつらのままアイが言う。


「へーか……。よるはどこかにいって、アイとママをおいていっちゃうもん」


 そうか、そういうことだったのね……! 私はようやく納得がいって、大きくうなずいた。


 ユーリさまと私は、絶賛本当の夫婦を目指している最中とは言え、寝台までは一緒にしていなかった。だって私は毎晩、アイと寝ているんだもの。


 私は小さい頃おばけを怖がった妹たちと一緒に寝ていたから、その延長でアイとも一緒に寝ていたの。何より、アイをひとり暗闇に放っておけなかったし。

 けれど貴族は本来、親と子供が一緒に寝る習慣はない。当然、ユーリさまも一緒に寝ることなど全然考えていなかったのだろう。


 けれど、アイにとってはそれこそが不満点だったらしい。


「アイは、ユーリさまとも、いっしょにねんねしたかったのね?」


 私の問いに、こくんとアイがうなずく。


 アイとユーリさまは、当たり前だけど血がつながっていない。それにユーリさまは曲がりなりにも男性であるから、その状態で一緒に寝ようなんてことを私が言うわけはないのだけれど、本人が望んでいるなら話は別よね。


 ……それにしても、みんなで一緒に寝るってことは、間にアイがいるとは言えユーリさまと寝台をともにするってことよね?


 一瞬、私は落ち着かない気持ちになったけれど、いまは四の五の言っている場合ではないわ! だってアイが望んでいるんだもの。よし、ここは私も心を決めよう。女は度胸よ! それにユーリさまとふたりきりで寝るよりは、全然楽勝! ……よね?


 私はひとり気合を入れると、アイを見た。


「それなら、ユーリさまに一緒にねんねしてほしいって、お願いしにいこっか?」

「うんっ!」


 私とアイは手をつないで、部屋を抜け出した。





 コンコンコン、とユーリさまがいるはずの執務室をノックする。この時間、ユーリさまはいつもお仕事をしているはずなのよね。


「構わない。入ってくれ」


 中からユーリさまの声が聞こえてきて、私はゆっくり扉を開けた。アイと手をつないだまま、そろりと身を滑らせる。ユーリさまは書類に目を落としたまま、こちらには気づいていない。


「……ユーリさま、今よろしいでしょうか?」


 その声で、彼は初めて入ってきたのが私だと気付いたらしい。顔を上げ、それから激しくせき込んだ。


「エデリーン!? 一体どうしたんだ! それに、そ、その恰好は……!」


 たちまちユーリさまの顔が真っ赤になって、目が逸らされる。


 恰好? 私は自分の姿を見下ろして、ああ、と気付いた。

 もう寝る寸前だったから、うっかりネグリジェのまま出てきてしまったのね。


「こ、これを羽織りなさい」


 顔を背けたまま、ユーリさまが足早に歩いてきて彼の上着をかけてくれる。


「はしたないものをお見せしてごめんなさい」

「い、いや、そういうわけではない……」


 ぼそぼそとしゃべるユーリさまをよそに、私はしゃがんでアイの肩に手を乗せた。


「実は……アイが、ユーリさまとも一緒に寝たいらしいんです」


 その言葉に、ユーリさまがアイを見つめた。


「私と? 私は構わないが、アイは嫌ではないのか……?」


 その声はどこか自信なさげだ。

 まあ、無理もないわよね。今までパパって呼んでもらえなかったんだもの。信じられない気持ちもわかるわ。


 私はユーリさまを安心させるように、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですわ。アイが、そうしたいって言ってるんです。もちろん、無理強いはしていませんわよ?」


 私の言葉に、アイがこくりとうなずいてから足に抱きついてくる。どうやら、照れているらしい。無言だったけれど、その顔は恥ずかしそうに笑っていた。


 同じく嬉しいような、困惑したような顔をして、ユーリさまがうなずいた。


「……わかった。それなら、今日はもう仕事を切り上げてみんなで一緒に寝ようか」


 ぱぁっと、アイの顔が明るくなる。小さな手が、嬉しそうにユーリさまに向かって伸ばされた。

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