第43話 最近なぜか胸が苦しいのよね……

「ふぅ……」


 よく晴れた秋の優しい風が気持ちいい朝。私がため息をつくと、またもや目ざとく気づいたユーリさまに声をかけられた。


「大丈夫か、エデリーン。何か疲れているように見えるが」

「いえ、疲れているわけではないんですの。ただ最近、夜になると胸が苦しくて」


 私はまた白状した。

 なぜか最近、起きているときは平気なのに、寝ている間だけ胸が苦しいのよね。


「それは大変だ。あとで医者を呼ぼう。他に症状は? 熱は?」


 あわてた顔のユーリさまが、あわてて近づいてくる。大きな手が伸びてきて、私のおでこにぴたっと当てられた時は、思わず「子どもじゃないんですから」と笑ってしまった。


「アイもやる~!」


 にこにこしながらアイが手を伸ばしてきて、今度は小さなおててが私のおでこにぴたっと当てられる。


「あったかい!」

「そうね。人肌はあったかいわよね」


 アイと見つめあって私はふふっと笑った。それからユーリさまの方を向く。


「とはいっても熱はありませんし、他も全然元気ですわ」

「最近少し忙しかったからな……。今日は君の予定を全てずらして、休みにするといい」

「そんな、私は大丈夫ですわ」


 私はあわてて否定した。

 そんなことをしたらまたスケジュールにズレが生じて、みんなに迷惑をかけてしまう。それに、日中は本当になんともないのだ。


「だめだ。無理はいけない。今日は休みを取りなさい」


 珍しくユーリさまがかたくなに譲らなかった。私はうーんと考え込む。


「それなら……ユーリさまもお休みにしてくださいませ。私よりユーリさまの方がよっぽど働きづめでしょう」

「私も? だが、私は平気だぞ。騎士団にいた頃と比べればこのくらい全然――」


 大したことない、とユーリさまが言う前に、私は言葉をかぶせた。


「無理はいけないとおっしゃったのはどなたかしら? もしユーリさまが休まないのなら、私も休みません」


 言って、つんとアゴをそびやかす。


 ……少し、言い方がずるかったかしら? でも、これぐらいしないと本当にユーリさまはお休みを取らなさそうな気配があったのよ。

 そりゃ、騎士団で過ごした日々と比べれば今は楽なのでしょう。けれど、たまにはちゃんとしたお休みもとって欲しかったの。


 私の言葉に、ユーリさまが目を丸くし、それから諦めたように言った。


「……わかった。なら、今日は一日休みにして、皆で何かしようか」

「まあ、よいのですか? おひとりでゆっくり休まなくても」

「構わない。ひとりでいても鍛練するだけだ。それに、最近は食事以外で一緒に過ごす時間も減っていたからな」


 私はにっこりと微笑んだ。彼を気遣って言えなかったけれど、本当は家族みんなで一緒に過ごす時間が欲しいと思っていたのよ。


「ありがとうございますわ。アイ、今日はユーリさまとも一緒に遊べるって!」


 私の声に、アイも嬉しそうに「やったぁ」と両手を上げる。


「せっかくですから、みんなでピクニックにでも行きませんこと?」


 ここぞとばかりに私は提案した。

 これは侍女たちに聞いた話なのだけれど、いま王宮から少し外れた所にある小さな森で、紅葉を見るのが流行っているらしいのよ。

 通常なら黄色い葉っぱで埋め尽くされるところを、何でも特別に輸入してきた木を植樹しょくじゅしたことで、黄色の他にオレンジや赤など、色のグラデーションを楽しめるのですって。


 そのことを話すと、ユーリさまは興味深そうに目を細めた。


「紅葉か……。そういえばもうずいぶん長いこと、花や木を愛でていなかった気がする」


 ユーリさまは、ずっと民のため国のために戦いに明け暮れていたものね。アイのおかげで平和を取り戻しつつある今だからこそ、ゆっくりと季節の移り変わりを楽しんで欲しいわ。


「もみじってなあに?」

「とってもきれいな葉っぱよ。見つけたら、何枚かおうちに持って帰りましょうか」


 アイは、どうやら紅葉を知らなかったらしい。彼女の育ってきた環境を思うと少し胸が痛むけれど、大丈夫。これからたくさん、いろんなものを私たちが見せてあげればいいのよ。


「にゃあ」


 ショコラがここぞとばかりに、ちょこんとアイの隣に立って主張する。


「まあ、ショコラも一緒に行きたいの? じゃあ迷子にならないように気をつけなきゃね」


 こうして私たち一行は、急遽紅葉狩りへと出発することになった。

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