第42話 今回はちょっとだけせくしぃよ ◆――アネモネ(ショコラ)

 なっ! なんなのよぉおおおこの気持ちよさはっ……!


 人間の女に水まみれにされ泡まみれにされ、全身を触られてぞくぞくしながら、あたいは悶絶していた。


「あおっ!? あおぉっ……!?」


 わっ! やだっ! なんか変な声が出ちゃうっ……! でもこの女、絶妙に気持ちいいところを、ちょうどいい力加減で触ってくるのよね……! あっそこそこ、ちょっとかゆかったから助かる――……じゃないわよっ!


 あたいはハッとして、くるまれたタオルから急いで逃げた。っていうかいつのまにタオルに!?


 いけないいけない。あの女の使う謎の妖術で、あやうく身も心も持っていかれるところだったわ! 孤高の花と呼ばれたあたいを篭絡ろうらくしようだなんて、つくづく恐ろしい女……!


 平静を取り戻すために必死で毛づくろいしていると、今度はちび聖女がやってきて、あたしをごしごしとタオルで拭き始めた。ふぅん? ちょっと痛いけど、あたいをお世話しようとするのは、まあいい心がけね?


「わぁあ、ねこちゃん、さらさらできもちいいねぇ」


 すっかり乾いたあたいを見て、ちび聖女が嬉しそうにほおずりしてくる。ちょっと、暑苦しいわよ。猫パンチ飛ばさないあたいの優しさに感謝しなさいよねっ!


 あたしにまとわりついて離れないちび聖女を見ながら、あたいはそっと横目で人間の女を見た。


 昨夜からことごとくあたいの邪魔をしている女――名前はわかんないけど、ちび聖女に「ママ」って呼ばれてる女は、呑気な顔でこっちを見ている。


 その顔は平和そのものって感じなのだけど、かと思えばお風呂と称してあたいに謎の妖術をかけてくるし、昨夜のことを「夢」と言って周りの人間に話していたりするし……。あれって、「おまえの正体、知っているわよ」っていう牽制よね? その上であたいを泳がせてるってこと? くっ……人間め、侮ってくれるわね!


 あたしは悔しさまぎれに、まだ抱きついてくるちび聖女の顔をぺろぺろと舐めた。食べるのはあの女がいない時だけれど、こうなったら味見だけでもしてやるわよ! 


「きゃー! ざらざらするう!」


 けたけたとちび聖女が笑う。

 ふんっ、味見されてることにも気づかないで呑気なものね! っていうかこの子なんかおいしいわね……。舐めてるだけなのにあまいミルクみたいな味がするんだけど、さっきそんなお菓子でも食べてたのかしら?

 

 一心不乱に舐めてると、ちび聖女がキャーッと言って逃げていく。あっ待ちなさいよあたしのおやつ!


「エデリーンさま、式典衣装の仮縫いが終わったようです。一度試着していただけないでしょうか」

「わかったわ」


 人間たちが何か話している。それから部屋に、すぐさま何やらすっごく豪華な服が次々と運び込まれた。それを見てあたいは顔をしかめる。

 うへえ、白って嫌いなのよね。聖女とか女神とかの色だから、上位魔物のあたいからすると反吐が出ちゃいそうになるわ。


 うんざりしながらちび聖女を見ようとして、あたいはおちびの姿がないことに気づいた。それから、庭に繋がる大きな窓が開いているのを見つける。


 とんっと庭に飛び降りると、少し離れた場所でちび聖女がなにやら花とにらめっこしていた。その姿は無防備そのもので、おまけに他の大人は気づいていないのか、周りを見渡すとあたいとちび聖女のふたりきり。いつもついてくる双子の騎士もいない。


 あれっ? これってチャンスじゃない?


 あたいはもう一度辺りを念入りに確認すると、ちび聖女の後ろに立った。おちびの背中に落ちる小さな影がぐんぐんと大きくなり、やがてすっぽりとその姿を覆ってしまうほどの大きさになっても、相変わらず花に夢中になっている。


 ふふっ、今度こそいただきまー――……。


「アイー? アイ、どこにいるの?」


 シュンッ! 即座にあたいは姿を縮めた。


 あっ、あぶないあぶない……! 振り向けば部屋の中から、女が顔を覗かせている。大丈夫よね!? 今の見られてないわよね!?


「にゃ、にゃお~ん」

「そこにいたのね。教えてくれてありがとうショコラ」


 にこやかな顔で、女が歩いてきてあたいの頭を撫でる。ちび聖女が振り返って、見つけた花を一生懸命女に見せている。


 それからもふたりは、ほぼずっとべったりだった。おまけにようやく女が離れたかと思えば、今度は騎士たちがぴったりとちび聖女のわきを固める。あたいはじれじれとチャンスを待つことにした。


――そうしているうちに二日経ち、三日経ち、そして一週間。あたいは完全にじれていた。

 チャンスを見せてくれたのは最初だけで、それ以降は意外と隙がない。むむ……。最初のチャンスを逃したのは痛かったわね。じれたあたいは決意した。


 その晩、ぐっすりと寝ている(ように見える)人間の女の体に、あたいがトンッと降り立つ。それから女を見下ろしながら、やわらかな肉をもみもみふみふみした。


 よし。いったん、丸呑み作戦は忘れるわよ。作戦に固執しすぎて失敗するのは、三流のやること! あたいは一流だから、だめだとわかったらすぐに手段を変えるわ! こうなったら食べるのは諦めて、誘い出して事故に見せかけて始末するのよ!


 なおもこねこねしながら、あたいは自分の切り替えの早さに感心する。……っていうかこの女、なかなか立派なものを持ってるじゃない……。


 一心不乱にもみもみふみふみしていると、女が「うぅ……重い」と苦しそうな声をあげた。

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