第32話 長い長い、冬の終わり
すぐにユーリさまが部屋の中に招かれた。
珍しく緊張した顔で、彼がうやうやしく首を垂れる。
「……ご無沙汰しております、サクラ陛下」
「久しぶりですね、ユーリ」
しばしの沈黙。
私と大神官は固唾を呑んで見守っていた。隣に戻ってきたアイだけが、ひとりもっちゃもっちゃとぼたもちを食べている。
ふぅ、とサクラ陛下が息をつく。
「……こうしてみると、あなたは本当にあの人に似ているわね。でも、目だけは全然違う」
「そう、でしょうか。私は父の顔をほとんど覚えておりません。数えるぐらいしか会ったことがないので」
ユーリさまの言葉に、サクラ陛下の目がかすかに見開かれた。
「……そう。そうよね。あなたも、色々大変だったものね。それなのに、私と来たら自分のことばかりで……本当にごめんなさい」
「っ……! いえ、サクラ陛下が謝るようなことでは」
驚いて顔を上げたユーリさまに、サクラ陛下が首を振る。
「いいのよ。私はあなたに……罪もない子に、ひどい態度をとってしまったもの。それに私が聖女の力を失ってから、あちこちを駆けずり回って国を守ってくれたのは、他でもないあなただったのでしょう?」
サクラ陛下が言っているのは、ユーリさまが所属していた騎士団だ。
聖女である陛下が力を失うと同時に増えた魔物の討伐に、誰よりも多く立ち向かったのがユーリさまが副隊長を務める第五騎士団だったのよね。
「当然のことをしたまでです。生まれ育った国を守りたい気持ちは、みな同じですから」
ユーリさまの堅苦しい返事に、サクラ陛下がふっと笑う。
「……それは簡単なように見えて、とても難しいことなのよ。息子たちに爪の垢を煎じて飲ませたいわ。……ユーリ、本当に立派になりましたね。苦しい環境でも歪まずに育ったのは、きっとあなたのお母さまがとても大事に育ててくれたからなんでしょうね」
それから、サクラ陛下が姿勢を正した。
「ユーリ、いいえ、ユーリ国王陛下。これからは、みなで協力して聖女アイやこの国を支えていけたら、と思っているの。私もその一員に、加えてもらえるかしら?」
その言葉に、ユーリさまが深々と頭を下げる。
「もちろんです。サクラ陛下」
それを、私とホートリー大神官がほっと胸を撫でおろしながら見ていた。
長年凍り付いたままだったサクラ陛下の心が、いまようやく日の下に解き放たれようとしているのだ。
大神官と顔を見合わせてうなずいてから、私はアイの方を向いた。見るとアイは、自分がどんなすごいことをやってのけたのか無自覚のまま、うつらうつらとしはじめている。
ふふっ。ぼたもちをお腹いっぱい食べて、眠くなってきちゃったのね。
椅子から転げ落ちないよう膝の上に抱っこで移動させてやると、アイは私の胸にもぞ……と顔をうずめてから、本格的に寝息をたて始めた。
気づいたサクラ陛下が、あら、と声をあげる。
「少しばかり話が長すぎたようね。この状態で馬車に乗せるのもかわいそうだし、今日は泊って行きなさい。せっかくだもの、皆で夕食を食べましょう。ユーリ、もちろんあなたもよ」
再度名指しされて、ユーリさまは少しだけ驚いたようだった。
「……私がいては、迷惑ではないのですか?」
「先ほども言ったでしょう。私もその一員に加えて、と。それはアイちゃんのことだけではないわ。ユーリ、私はあなたとも、新たな関係を築いていきたいと思っているのよ。……それとも、私と仲良くするのはやっぱり嫌かしら?」
ちら、とサクラ陛下が様子を伺うようにユーリさまを見る。口調はややつんけんしていたが、その顔にはかすかな照れが覗いていた。
ユーリさまは始め目を丸くし、それから、ふ……と穏やかな顔になる。
「いいえ。ぜひ、私も同席させてください」
それは、サクラ陛下と、それからユーリさまにとっても、長い長い冬が終わった合図だった。
彼らもまた、血の繋がらない親子。それを取り持ったのは、すやすやと寝息をたてて眠る、小さく愛らしい桜の妖精だった。
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