第31話 ……でも気になる

「ええ、本当にもちもち。それに、とっても大きいわね。園子ちゃんのぼたもちもとっても大きいのよ。『いっぱいある方が嬉しいでしょう?』って……。だから、園子ちゃんのぼたもちを食べた日は、絶対お腹が空かないの」


 私もホートリー大神官も、ぼたもちを食べながらにこにことその話を聞いていた。


「園子ちゃんは、元気にしているかしら……。彼女は明るい人だから、きっとたくさんの人を幸せにしているに違いないわ。……今の私を彼女が見たら、きっと叱られるわね」


 そう語る顔は落ち着いていて、私が覚えているころの美しいサクラ陛下を思い出させる。


 やがて、サクラ陛下がアイに手招きした。

 緊張した顔のアイがとててて、と駆け寄ると、サクラ陛下が目を細めて笑った。


「ふふ……このお洋服、入った時からずっと気になっていたのだけれど、桜をイメージして作られたのかしら? なんて可愛らしいのでしょう。小さな桜の精ね」


 褒められて、アイがぱあぁっと顔を輝かせた。それから満面の笑みで、こくんとうなずく。


「アイちゃん、おいで。おばあちゃんが抱っこしてあげましょう」


 ゆるやかにサクラ陛下の両手が広げられ、抱っこの構えがとられる。


 一瞬、私はひやりとした。


 ここに来た時、アイは大人が近づくだけでも震えていたんだもの。最近は見違えるほど明るくなったとは言え、突然の抱っこは大丈夫なのかしら!? ここは私が、やんわりお断りを入れた方が……!


 けれど、私が身を乗り出すよりも早く、アイがたたたっとサクラ陛下のもとに駆け寄った。そのまま抱き上げられて、アイが陛下の膝に乗る。


「まあ、なんて懐っこい子なのでしょう。そして本当にかわいいわ……。思えば、子どもを抱っこするなんてずいぶん久しぶりね」


 サクラ陛下が嬉しそうに微笑むと、それを見たアイもにこーっと笑う。その顔に、緊張はない。


 ……アイ、いつの間にかずいぶんたくましくなったのね……!


 私は安心し、同時に感心した。

 アイは、サクラ陛下が優しい人だということを本能的に感じ取ったのかもしれない。だとしても、以前の姿を知っている私から見ると、今のアイの健やかさはとてもまぶしく、胸がいっぱいになる思いだった。


 そうよね。子どもは、日々成長するものね。それはきっと、私たち大人が思っているよりもずっと早く、しなやかなんだわ。


「アイちゃん、ありがとう。あなたがぼたもちのことを言ってくれたのでしょう? おかげで、おばあちゃんとっても元気が出たわ」

「ほんとう? ぼたもち、まほうだった?」

「ええ、ぼたもちは魔法よ。……それに、あなたや、エデリーンたちの優しい気持ちそのものが、きっと魔法なのね」


 それから、アイをお膝に抱っこしたままサクラ陛下が私を見る。


「……エデリーン。私は決めました。アイちゃんの聖女披露式典に、後援として参加しましょう」

「陛下……!」

「私がどれだけあなたがたの力になれるかはわからないけれど、それでも何もしないよりはきっといいのでしょう。私もそろそろ、聖女としての務めを果たさないと」


 アイと同じ色の黒い瞳は、静かに、強く輝いていた。

 そこにはまぎれもない、往年の聖女サクラが、しゃんと背筋を伸ばして座っている。


「ありがとうございます!」

「いいのよ、お礼を言うのはこちらだわ。私は前陛下の……夫のことに、とらわれすぎていたのよ。彼以外にも私を大事にしてくれた人はたくさんいたのに、そのことをすっかり忘れてしまっていたわね……」


 さみしそうに笑う陛下に、ホートリー大神官が微笑む。


「誰だって、時には道に迷うこともありますでしょう。再び笑える日が来れば、それでよいのです。サクラ陛下が元気になってくれることを望んでいる人は、たくさんいらっしゃるのですから」

「ホートリー……。お前にも、ずいぶん長い間苦労をかけましたね。お前に報いるためにも、私はもう少し頑張ろうと思うわ」

「ええ、ええ。それでこそサクラ陛下ですよ」


 ふたりは柔らかに見つめあって微笑んでいる。


 ……。


 ……。


 ……あら? このふたり、なんというか、ちょっといい雰囲気じゃなくて……?


 一瞬そんなことを思ったが、私はすぐにその考えを打ち消した。

 だ、だめよ。そういう、繊細で個人的な部分を憶測で勝手に決めちゃ…………でも気になる。


 私が目を皿にしてサクラ陛下と大神官を見つめている前で、膝に座ったままのアイがのんびりと言った。


「ママ、ヘーカは? ヘーカ、ぼたもち食べなくていいのかなぁ?」

「あっ」


 私は声をあげた。つい、ゆったりとぼたもちティータイムを過ごしていたけれど、ユーリさまは控室でずっと待っているのよね。ひとりぼっちのまま待たせるのもかわいそうだし、そろそろ切り上げるべきかしら……。


 私が悩んでいると、サクラ陛下が言った。


「……ユーリが、来ているのかしら?」

「あの、実は……はい。控室で、待ってもらっていますわ」


 私の声が小さくなる。


 これはホートリー大神官から聞いたことなのだけれど、どうもユーリさまは前国王に外見がよく似ているらしく、それもあってサクラ陛下は顔を見たくないみたいなの。やっぱり色々、つらいことを思い出してしまうからかしら……。


 気まずさを感じる私を前に、サクラ陛下はしばらく考えてから決意したように顔を上げた。


「……なら、呼んできてもらえるかしら。彼だけ仲間外れも、大人げないわね」


 その言葉に、私とホートリー大神官が驚いて顔を見合わせた。

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