第23話 大体いつも不意打ちよね
それからアイと私は、二人で分担しながら少しずつ色んなお菓子を食べた。モンブラン、タルト、カヌレ、マカロン、フィナンシェ。お口の中が甘くなりすぎてわけがわからなくなってきたところで、私はお茶を一口飲んだ。
「ふう……。少し、しょっぱいものもいただこうかしら」
「それならエデリーンさま、こちらはいかがでしょうか!?」
そう言いながら双子騎士の弟、ジェームズが何かを差し出す。彼らの方を見て、私はぎょっとした。
「そのお顔はどうしたの!?」
見れば双子騎士たちだけではなく、三侍女までもがみな口の周りを真っ黒に染め上げていた。目をキラキラさせ、ただし口の周りは真っ黒のまま、三侍女たちが口を開く。
「イカ墨のパスタです! エデリーンさま、これとてもおいしゅうございますわ!」
「騙されたと思って食べてみてくださいませ!」
「ただしお口周りは汚れますわ!」
もはや黒い以外、“ボタモチ”とは全く関係がないわね……と考えたところで私はふと思い出した。
「そういえばアイ、この中に“ボタモチ”と似ている何かはあった? ……アイ?」
返事がないのを不思議に思いながら隣を見ると、アイがレンガくらいありそうな巨大ヌガーにかみついたまま、「ふがががが」と必死の形相で私を見ていた。
たっ大変!!! くっついてしまったのね!?
私はあわててアイの救出に走った。
ヌガーは昔ながらの伝統的なお菓子なのだけど、その正体は柔らかい飴。小さな子だとたまに、噛み切れずに歯にくっつくこともあるのよ。
しかもアイがかぶりついたのは小さく切り分けられた方ではなく、飾り用の巨大ヌガー。アイの白い小さな歯が、がっちりとヌガーに固定されてしまっていた。
私とユーリさま、それからハロルドの三人がかりで、そぉーっとそぉーっとアイの顎や歯がはずれないよう、慎重にヌガーを引き抜く。
やがて、ずぽんっと音がして、なんとか解放されたアイは小さな声で言った。
「ぬがー、こわい……」
うんうん、怖かったわね……! よーしよーし、もう大丈夫よ、と言いながら私が撫でくり回していると、アイが髪をくっしゃくしゃにされながら思い出したように言った。
「でもねえ……ぜんぶおいしかったけど……ぼたもちなかったよ」
「そう……。ちょっとでも似たようなものはあった?」
駄目元で聞いてみたけれど、アイはうーんと首をかしげるばかり。ある程度予想通りとは言え、どれもかすりもしなかったみたい。
でもしょうがないわね。そもそも、お菓子の説明って、大人でも難しいことがあるもの。子どもなら、なおさらよ。
それにしても、これが全部だめってなると……どうしたものかしら。
私が考え込むそばで、料理人のハロルドも首をひねっている。
「この辺りに伝わる黒くて甘いものと言えば大体出揃った感じはあるしなあ……。となると他の国の食べ物か?」
よその国……こうなったら交易商人たちを呼び寄せるべきかしら?
みなでああでもない、こうでもないと頭を悩ませていると、アイがもぞ……と身じろぎした。
「アイ? どうしたの?」
尋ねると、つぶらな目が心配そうに私を覗き込んでくる。それから小さな両手がきゅっと私の手を握った。スキルの発動だ。
『みんなこまってる。……アイのせい?』
しまった! アイは聡い子だと十分にわかっていたはずなのに、うっかり不安そうな顔を見せてしまったわ!
私はあわててアイの手を取った。
「困ってるわけじゃないのよ。みんな、アイと同じ気持ちなの。サクラ陛下――サクラのおばあちゃんの喜ぶ顔が見たい、どうしたら喜んでくれるのかしらって、それを一生懸命考えているだけなのよ」
サクラ陛下ごめんなさい。今だけ、おばあちゃん呼びを許してください……! 私は心の中でサクラ陛下に謝った。
「アイ……わるいこと、いってない?」
「全然言ってないわ。あなたのアイディアはとっても素敵だったし、私、アイの優しい気持ちにとっても感動しちゃった」
これは嘘偽りのない本当の気持ちよ。
だからこそ、サクラ陛下にボタモチをあげたいというアイの願いをかなえてあげたかったの。
「ありがとうね、アイ。一生懸命、考えてくれたのよね」
こちらをじっと見つめるアイに、ちょいちょい、と手招きする。
それからためらいがちに、とてとてと近寄ってきたアイを、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。アイがくすぐったそうに、えへへ、と笑う。
「みんなで頑張ってボタモチを見つけるわね。サクラ陛下に食べさせてあげたいのもそうだし……それにね、本当のことを言うと……」
そこで私はいたずらっぽく笑ってから、アイの耳にそっとささやいた。
「……ママもね、その“ボタモチ”っていうのを、食べてみたいの。とってもおいしいんでしょう?」
途端にアイの瞳が輝いた。小さな手を一生懸命ふりながら、ふんすふんすと鼻息あらく説明する。
「ぼたもちはねっ! すっごくおいしいんだよ! あまくてもちもちでねっ! やさしいの! あとね、あとね、たべてもたべてもなくならないの!」
「まあ、すごい。魔法の食べ物ね?」
「そうなんだよ、まほうのたべものなの!」
えっへん、とアイが胸を張る。
ああ、かわいい……! 本当にかわいい……!
私はたまらず鼻を押さえた。よかった、今回は鼻血が出ていないから驚かせる心配もないわ。
そして後でエッヘンしているアイの姿を絵に描かせてもらわないと……! また一枚、アイコレクションが増えちゃうわねウフフフフフフ。
「ふふっそれは楽しみね。サクラ陛下も、きっとびっくりしちゃうわね」
くすくす笑いながら、私はもう一度ぎゅっとアイを抱きしめた。
――その瞬間、三回目の衝撃がばちっと私の体を走った。
「ふぐっ……!」
「ママ?」
「うっ、ううん。なんでもないわ」
アイを怯えさせないよう、顔の筋肉を総動員して笑顔を作る。
……今の、叫ばなかった私を本当に褒めて欲しいわ……! いつもいつも、痛くはないけど不意打ちすぎてびっくりするのよ……!
それで、今度は何かしら? 私は頭の中の文字に注目した。
『聖女アイ:スキル映像共有を習得。対象、王妃エデリーン』
……。
……“エイゾウ”って、何かしら?
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