第24話 確かに黒くて丸いんだけどね……うん

「エイゾウ……エイゾウ……?」


 文字は読めるのに、言葉の意味が理解できない。私が不思議そうにブツブツつぶやいていると、異変に気づいたユーリさまが声をかけてきた。


「エデリーン、どうかしたのか?」

「実は……アイのスキルが、またひとつ増えたようなのですが……」

「何っ? スキルが増えたのか!?」


 その声に、みなの視線が一斉に集まる。


「ですが、書いてある意味がわからなくて。……“エイゾウ”って何かご存じですか?」

「“エイゾウ”……?」


 やはり、未知の単語よね? ユーリさまのみならず、その場にいたみなも不思議そうに首をかしげている。


「“エイゾウ共有”と書いてあったから、何かアイと共有できるとは思うのだけれど……。アイ、新しいスキルを覚えたみたいなんだけれど、使えそう?」


 アイがきょとんとする。そもそも、この子には新しいスキルを覚えたという自覚って、あるのかしら?

 しばらく考えたのちに、アイは私の手をぎゅっとつかんだ。


 するりと、頭に浮かんできたのは――


『これでいいのかなあ?』


 ……うん、これはいつもの“以心伝心”のように感じるわね。

 諦めきれず、私はもう少しだけ聞くことにした。


「アイ、いつもと何か違うところないかしら? 例えば何か文字が増えてたり……、何か見慣れないものがあったり……」


 こてん、とアイが首をかしげる。


 くぅっ! こんな時でもアイのかわいらしさは百点満点ね……! これはまた、後ろで侍女辺りがうっとりしているに違いないわ。


「もじ……。あっ、もしかして、これのことかなあ?」


 なんて考えているうちに、何やらそれっぽいものがあったみたい。

 私がアイの手を握ったまま待っていると、脳裏に、ジジッ……という音と同時に、絵が浮かんできた。……これ、何かしら?


 戸惑う私の頭の中には、蜃気楼のようにぼんやりとした絵が浮かび上がっている。それは私の目から見える光景と喧嘩して、絵が二重になっていた。だから私は、思い切って目をつぶることにした。


 目から入る光景を締め出すと、頭の中のおぼろげだった絵が、だんだんはっきり、くっきりと鮮明になっていく。


 その真ん中に映ってるのは――やだっ! もしかしてこれ私!? ちょっとアゴのお肉がたるんでない!?


 突如目をつぶった私の顔が映し出されて、私はすんでのところで叫び声をあげるところだった。


 ……まっ、まずい。最近確かにちょっとはめをはずしていたとはいえ、何なのこのお肉! 角度の問題かしら!? きっとそうよね!? アイが下から見上げてるから、よね!?


 必死に自分の頭を納得させながら、同時に私は気づいていた。


 これはもしかしなくても、アイに見えている光景なのかしら?

 後ろにはユーリさまもいるし、予想通り侍女たちがうっとりした顔でアイを見ているし。あっホートリー大神官さまったら、お顔がイカスミで真っ黒……っていうか、どういう食べ方したら顔全部が黒くなるのよ。


 頭の中の絵は、まるでアイの目を通して皆を見ているよう。


――どうやら“映像”というのは、脳内に絵を書くスキルみたい。けれど絵と違って、アイが映したものは鏡を見ているように鮮明な上に、対象が動くのよ。聖女の力って、本当にすごい……。


 私は目を開けると、アイの頭を撫でた。


「アイ、すごいわ! とっても上手にできたわね!」


 えへへ、とアイが嬉しそうに笑いながら、私の手にほっぺをすりつける。それをひとしきりなでまわしてから、私はみんなを席に座らせた。


 改めて、さきほど私が見たアイの新たなスキルについて説明すると、おぉっとどよめきが上がる。


「まさに、聖女の奇跡としか言いようがないな……。一体どういう仕組みなんだろう」

「ありがたやありがたや……! 信徒ホートリー、またひとつ聖女さまの奇跡をこの目で拝見できようとは……!」


 ユーリさまが興味深そうに見つめる横では、大神官がまたもやアイをあがたてまつっている。私の横では、三侍女のひとりがアイの右手を撫でさすり、もうひとりがアイの左手を撫でさすり、最後の一人が頭を撫でさすっていた。もちろん、全員恍惚とした表情だ。


「エデリーン、アイが映し出せる映像とやらは、今見たものだけなのか? 過去に見てきたことは?」

「それは……どうでしょう。もう一度試してみないと」


 私が首をかしげると、そばでじっと私たちの会話を聞いていた料理人のハロルドが口を開いた。


「……そのちんちくりんが過去の記憶も映し出せるなら」

「ちんちくりんはやめてっ! 『すべての苦悩と罪を洗い流す女神の娘兼この世に舞い降りたけがれなき純白の――』」

「わぁかったわかった! なら『姫さん』な!」


 フーッフーッと肩で息をする私を、ハロルドがあわててなだめる。


 ……姫さん? ふうん、まあ、かわいい響きだから、それならギリギリ許してあげてもよくってよ……。


 横ではなぜかユーリさまがくつくつと笑っていた。ハロルドが続ける。


「もし姫さんのスキルで記憶も映し出されるなら、その“ボタモチ”とやらも正体がわかるんじゃないか?」

「あっ、確かにそうね!」


 私はポンと手を打った。それから急いで、今度はアイのほっぺをつついている三侍女を引きはがそうとした。……って待って。なんかこのたち、だんだん、はがれなくなってきてるんだけどっ……! 前より粘着力、上がってない?


 力ずくではがしては投げ、はがしては投げを繰り返してようやく自由になったアイの手を掴む。


「アイ、今度は“ボタモチ”のことをママに教えてくれない? 多分、頭に思い浮かべればいけると思うの」

「ぼたもち? いいよ!」


 アイがぎゅっと私の手をつかんだ。途端に、頭の中に何かもやもやした映像が浮かび上がる。私はまた鮮明度を上げるために、目をつぶった。


――ぼんやりと浮かび上がるのは、丸い、白い、何か。


 ……あ、これもしかしてお皿かしら?


 じゃあ、この真ん中に載っかってる黒くて丸いこれは……。


 これは……。


 ……うん。


 黒くて……丸くて……。


 ……うん。


 私はカッと目を見開いた。


「どうだ? わかったか?」


 すぐさまユーリさまが聞いてくる。大神官やハロルド、侍女に騎士たちもじっと私の言葉を待っている。


 ……でもね、どうしましょう。こんなこと言っていいのかしら?


――見たけど黒くて丸い以外何かさっぱりわからなかったわ、って。


 私は頭を抱えた。

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