第21話 復唱しなさい!
アイの遊び部屋で、私とユーリさま、ホートリー大神官、侍女や近衛騎士たち、それからもちろんアイのみんなで顔を突き合わせていた。
議長役のユーリさまが、トントンと机を叩く。――第一回“ボタモチ”会議の開始だ。
「まずは“ボタモチ”が何か、もういちど説明してくれるか、アイ」
指名されて、アイがぴしっと手をあげた。
「はい! ぼたもちは、まるくて、くろくて、ちょっとべたっとして、あまくて、もちもちです!」
「だそうだ。思い当るものがあれば意見を言ってくれ」
すかさず今度は私は手をあげた。
「チョコレートケーキはどうかしら?」
「ふむ……。確かにすべての条件に当てはまっているな。黒くて、丸くて、触るとベタっとするし……しかしアイがピンと来ていないのが気になる」
そうなのよね。ユーリさまの言う通り、アイはきょとんとした顔をしていた。
もしかしてアイがいた異世界に、チョコレートはなかったのかしら? この世界でもまだまだ高級品だものね。
「では、わたくしめは修道院出身の伝統菓子、カヌレを候補に挙げましょう」
今度はホートリー大神官だ。
カヌレ。溝のついた筒状の焼き菓子で、カリッとした表面とモチモチの中身が評判だ。確かに表面も黒っぽいし、触ると少しベタっとしているところもぴったりね。
「はぁい! じゃああたしたちは、マカロンを挙げまーす」
きゃっきゃ、うふふ、という笑い声とともに手を挙げたのは、いつもアイを見てくれている三人の侍女たち。
「確かにマカロンも当てはまるわね……。色も自在に変えられるし、モチモチ……かは評価が分かれるところだけど、噛むと意外と粘着性があるもの」
「ふむ……。オリバーとジェームズはどうだ?」
ユーリさまが、ふたりの近衛騎士に聞く。彼らは茶髪の双子騎士で、三侍女同様、アイと私の警護に当たってくれている。兄のオリバーが困ったように言った。
「おれはあんまり甘いものに詳しくなくて……思いつくものと言えばばあちゃんが作るスコーンしか……」
「あっ、ヌガーはどうですか? べたべたしています」
「ばかっ。べたべたしすぎな上に全然黒くも丸くないじゃないか」
「いてっ」
兄に叩かれるジェームズの姿に、みながぷっとふき出す。隣ではアイもけたけたと笑っている。
「さて……今挙げたものの中に、ピンと来るものはあったか? アイ」
ユーリさまに聞かれ、みなの視線が一斉に集まる中。
アイはゆっくり、ゆっくーりと、困ったように首を横にかしげた。
「……わかんない」
ですよねぇ、という声は誰のものだったか、あるいはみなのものだったか。
とにかく私はアイが負い目を感じないよう、パンッと両手を叩きながら明るく言った。
「もしかしたら、同じものでも名前が全然違っていたりする可能性もありますわ。まずは一度全部、実際に食べてみませんこと? 黒い物大集合の、お菓子パーティーですわ!」
私の提案に、きゃーっという歓声が上がった。見れば侍女たちとアイが、手をつないでぴょんぴょん飛び跳ねている。
その横で、ユーリさまが侍従に言伝を頼んでいる。
「となればすぐに準備させよう。ハロルドに、さっきのお菓子を全て作らせるよう伝えてくれ」
ハロルド? 聞いたことのない名前に首をかしげているうちに、数時間後。ちょうどおやつの時間に合わせて、アイの部屋には大量のお菓子が運び込まれてきた。たちまち部屋はあま~い匂いでいっぱいになり、女性たちがうっとりとした顔になる。
大きなテーブルに所狭しと並べられたのは、ふんわりしたチョコレートケーキに、つるんとしたチョコレートケーキ。それからモンブランに、隣にある真っ黒いタルトはぶどうかしら? ほかにも大神官の言っていたカヌレに、黒っぽいフィナンシェ。それから侍女たちの言っていたマカロンは……すごい、何で着色しているのかしら。真っ黒だわ。さらにチョコスコーンにヌガーに、まさに黒いお菓子の祭典ね!
感心しているのは私だけじゃないようで、隣ではアイも三侍女も、わぁああ! と目を輝かせている。……アイにいたっては口の端からちょっとよだれが出てるわね。
ハンカチでそれを拭いていると、ユーリさまが誰かを部屋に招き入れた。
「紹介しよう。このお菓子と、それから普段の料理も作ってくれている宮廷料理人のハロルドだ。……少し口が悪いが、悪い奴ではないんだ」
ぬっと部屋に姿を現したのは、積みわらのようにほうぼうに伸びたボサボサの茶髪に、ぎろりと吊り上がった三白眼の若い料理人。……いや料理人と紹介されなければ、どちらかというと傭兵とかごろつきとか、そんなすさんだ雰囲気がただよう男ね。
彼は不機嫌さを隠そうともせず、部屋に入った瞬間叫んだ。
「ユーリ! てめぇ、急になんて品数作らせやがるんだ! 忙しさで目が回るかと思ったぞ!」
その瞬間私が笑顔のまま硬直した。アイがさっと私の後ろに隠れる。
……事前に注意があったけれど、想像の五倍くらいお口が悪うございますわね?
「悪かった。こんな短期間に全部同時に頼めるのは、天才料理人であるお前ぐらいしか思いつかなかったんだ」
天才料理人、という言葉にハロルドという男の肩がピクリと揺れた。かと思うと、まんざらでもなさそうにゴシッと鼻の下をこする。
「へっ。まあな。俺にかかれば造作もねえ。……ところでこのちんちくりんか? 食べさせたい相手ってのは」
男は私の後ろに隠れるアイを見ながら言った。
……ちんちくりん!? 今、アイのことをちんちくりんって言いまして!?
クワッと私の目が見開いて、眉間に青筋が浮かんだ。
ユーリさまへはともかく、アイに向かってなんて口を――この男、処しますわよ!?
ゆらり。私は肩を怒らせて、人差し指をハロルドという名の料理人にビシッと突き付けた。
「アイに向かってちんちくりんとは何です!? この子はマキウス王国の正当な王女! 『すべての苦悩と罪を洗い流す女神の娘兼この世に舞い降りたけがれなき純白の大天使アイ第一王女さま』とお呼びなさい!」
男は言った。
「いや、なげえよ」
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