第20話 楽しい楽しい、“ボタモチ大作戦”ですわよ!
あまい、あまーいぼたもちは、いっしょうけんめいかむと、じんわりもっとあまくなるの。
しかも、たべてもたべても、なくならない! まほうみたい! だからいっぱい、いっぱいたべられる!
「嬉しい食べっぷりだねえ……。そんなに気に入ったのかい? はむはむ音がして、まるでハムスターみたいだねえ」
はむすたー。えほんでみたことある。あのかわいいやつかなあ?
「自分のほっぺを触ってごらん」
わたしがぺとぺとさわると、かたっぽのほっぺがぷっくりふくらんでた。……なんだこれ。
「そうだよ、そこにあまーいぼたもちが、いっぱい詰め込まれてるんだ」
そこでおばあちゃんは、なんでかちょっとかなしそうなかおをした。
「それにしても、ひどいことする親がいるもんだ。こんなかわいい子に恵まれて、一体何が不満なんだろうねえ……」
わたしはもぐもぐしていたおくちをとめて、うつむいた。
「あ、アイが……わるいこだから……」
ママとパパは、いつもそういう。
おまえがわるいこだから、アイがわるいこだから、ぶたれるんだって。これは“しつけ”なんだって。
「おまえさんが悪い子なもんかい! おまえさんはずーっといい子だよ。本当に悪い子っていうのはね、おまえさんの親のことをいうんだよ」
「おばあちゃん、アイのママとパパ知ってるの?」
「ううん、知らないよ。でもあんたを見りゃわかる。こんなガリガリに痩せちまって……かわいそうに。あたしがもう少し若くて、せめてこの足がうまく動いたら、あんたを連れて逃げられるのにねえ……」
おばあちゃん、なきそうなかおをしてる。
「でも待ってな。最近は児童相談所に連絡すれば助けてもらえるらしいからね。ばあちゃんが電話してやるから、それまでもうちょっとだけ辛抱しておくれよ」
ジドウソウ……ってなんだろう。よくわかんないけど、わたしはうなずいた。
だってぼたもち、おいしかったんだもん。
こんなにおいしいぼたもちくれるおばあちゃんなら、きっとだいじょーぶだとおもったの。
「さ、もうちょっとぼたもち食べなね。それとも、お腹が空いてるならほかのごはん作ろうか?」
ううん、だいじょーぶだよおばあちゃん。
わたし、もうおなかいっぱいだから。
――それにわたし、ほんとにもうだいじょーぶなの。
いまはねぇ、おひめさまみたいにきれいでやさしいママがいるんだよ。
ママはわたしのこと、たからものってよぶの。
だから、だいじょーぶなんだぁ。
……そういおうとしたのに、なんだかわたしはとってもねむたくなってきた。
◇
「あ、ごめんね。起こしちゃったかしら」
ぼんやりめをあけると、ママのかお。
あれ? おばあちゃんは……?
「ふふ、でもまだ眠そう。時間も時間だし、このままベッドに連れていっちゃいましょうか」
「では私が連れていこう」
ヘーカのてがのびてきて、わたしはふわぁっとだっこされた。
……さっきのは、ゆめだったのかな。
さっきの……。
「あまくて、おいしい……」
わたしがむにゃむにゃいうと、ママがわらった。
「おいしいお菓子の夢でも見ていたの? 素敵ね。今度何を食べたか、ママにも教えてね」
うん、いいよ……。
そういえば、さっき、ママがいってたな。
まほうみたいにすてきなたべものがあったら、って……。
ねえママ、まほうみたいにすてきなたべもの、いっこだけあったよ――。
◇
翌朝。目が覚めると、アイは私を見て開口一番に言った。
「ねえママ、おばあちゃんにぼたもち、持って行っちゃだめかなあ?」
「“ボタモチ”?」
聞いたことない単語に私がきょとんとしていると、目を輝かせたアイが鼻息あらく続ける。
「うん! くろくて、まるくて、べたっとしたやつ!」
「くろくて、まるくて、べたっと……?」
……何かしら? 食べ物はたくさんあれど、黒くてまるいものってそんなにないわよね?
キノコにトリュフにチョコレートに……形はともかくココアも色だけならあてはまるわね。もしくはケーキに加工するとか? べたっとしていると言えば、べたっとしているし。
「とってもあまくて、もちもちで、おいしいんだよぉ」
アイが自分のほっぺをたぷたぷと持ち上げながら言った。
あまいはともかく……もちもち?
その触感だとケーキではなくなるわよね? パン、とかかしら……? チョコレートパン? でも、“ボタモチ”なんて名称は聞いたことがないわ。
助けを求めて侍女たちを見ると、彼女たちも困ったように首をかしげていた。
……となると、ここはユーリさまやホートリー大神官の力も借りたいわ。人は多ければ多いほど、いいに決まっているもの!
◇
「――“ボタモチ”、ですか……?」
うんうん、とうなずく私とアイを前に、ホートリー大神官が困ったように言った。その横では、ユーリさまが「まったくわからない」と言いたそうな表情を浮かべている。
「ええ。くろくて、まるくて、べたっとしているそうよ。おまけに甘くてもちもちしているんですって」
「くろくて、まるくて、べたっと……」
「そのうえ甘くて、もちもち……とは」
私が言えば言うほど、二人の眉間の皺が深くなっていく。
「ううーん、いくつか候補はあると言えばありますが……」
「ちなみにそれを作ってどうするんだ?」
ユーリさまに聞かれて、私は自信満々に答えた。
「もちろん、サクラ陛下に持っていきますわ! アイが教えてくれたの。その“ボタモチ”は、“まほうみたいにすてきなたべもの”なんですって」
「ほぅ! それはいい響きですねぇ」
アイがうんうん! と目を輝かせてうなずく横で、ほっほとホートリー大神官が笑う。
一方、ユーリさまは渋い顔のままだ。
「……その、水を差すようなことを言って悪いが、それでサクラ陛下の気持ちが変わるのだろうか……?」
「ふふっ、ユーリさま、無粋なことはいいっこなしですよ」
無粋という言葉に、ユーリさまがぐぅと声をもらす。
「こういうのは気持ちが大事ですわ。懐柔を狙っていないって言ったら嘘になりますけれど、むしろそこはあわよくばを思っていますけれど、それより重要なのはアイの気持ちです」
言って、私はアイを見た。
横ではまたアイが、しゃがんだホートリー大神官の頭を撫でながら、「おじさんのあたまはおつきさまみたいだねぇ」なんて言っている。……うん、なんかもう慣れてきたわね。大神官が幸せそうにしているなら、見なかったことにしよう。
「あの子の、サクラ陛下のためにお菓子を用意してあげたいという気持ちを大事にしたいんです。人を思いやる気持ちを育ててあげるのも、親の務めだと思いませんこと?」
私の言葉に、ユーリさまも納得がいったようだった。静かにうなずき――それから珍しく微笑んだ。
……あっ、危ない危ない! 思いがけず穏やかな笑顔に、ちょっとだけドキッとしちゃったじゃない!
「そうだな。親として、あの子の手助けをしてあげよう。こうなったら皆で協力して作るぞ。名付けて“ボタモチ大作戦”だ」
「そうこなくっちゃですわ!」
私はぐっと手を上に突き上げた。声に反応したアイも、嬉しそうに「ぐっ!」とちっちゃなおててを突き上げた。
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