第19話 くろくて、まるくて、べたっとしたやつ ★--アイ

「ごめんなさいユーリさま。サクラ陛下を説得できなかったわ……」


 がたがたゆれる、ばしゃのなか。こまったかおのママが、ヘーカにいった。


「いや、君は十分頑張ってくれた。ホートリー大神官も言っていただろう? こんな穏やかなサクラ陛下は久々に見たと」

「それはきっと、アイが隣にいてくれたおかげですわ。ひとりだったら何も言えなかったかも……」


 いいながら、ママがそっとわたしをなでた。


――わたしは、ママのてがだいすき。


 ママはぶたないし、やわらかくて、あったかくて、いいにおいがする。


 それに、ママはわたしのこと、とてもだいじそうにさわるの。


 いいこ、いいこって、なでられるたびにおもう。


 ああ、アイは、ママのたからものなんだなあって。


 わたしがうれしくなってママにだきつくと、ママはわらった。


「アイ、今日はありがとう。アイががんばってくれたから、ママもがんばれたわ」


 ママはわらうとね、きらきらしたみずいろのおめめが、きゅっとほそくなるの。


 ほうせきみたいで、とってもきれいなんだよ。


「それにしても困りましたわ。やはり何か別案を考えた方がよいのかしら。……いっそ誰かに聖女の振りをしてもらうとか? アイが五歳ということは、民にはまだ伏せられているのでしょう?」

「それは危険すぎる。発覚すれば信用問題に関わるし、発覚しなくても聖女が“結婚適齢期の成人女性”なら、また私とくっつけようとする一派が出てくるだろう。そしたら君が危ない」

「そう……でしたわね」


 ママとヘーカがはぁぁ……とためいきをついた。なんだか、とってもこまってるみたい。


「ママ、だいじょうぶ?」


 わたしがきくと、ママはにっこりした。


「大丈夫よ。すこーし難しい問題にぶつかっているだけ。それより、今日はアイもがんばったし、帰ったらおいしいおやつでも食べましょうね」


 そういってまた、ぎゅうっとだきしめてくれる。


 えへへ、わたし、だっこされるのもだいすきなの。


「それにしても、こういう時魔法が使えたらって思いますわ。そうしたら冥界にいる前国王陛下を連れてきて、サクラ陛下に土下座させるのに……!」

「それより、数十年前にもどって前国王陛下をブッ飛ばした方が早い。浮気を止めればサクラ陛下が傷つくこともなかった」

「それは素敵な案だけれど、だめですわ。だってユーリさまが生まれてこなくなっちゃいますもの」

「む……それもそうか……」


 ママとヘーカは、ずっとむずかしいはなしをしている。


「はーあ。手っ取り早く解決する方法はないのかしら。何かこう、魔法みたいにおいしいものを食べたら元気が復活するとか! ……私だったらそれで一発ですのに」

「サクラ陛下はこの国の太后だからな……。いいものはもう食べつくしている気がする。……ち、ちなみに、君は何が好きなんだ?」

「私? 私は――」


 ママにだっこされて、がたんごとんばしゃはゆれて、おそらはきれいなだいだいいろで……だんだん、うとうとしてきた。


「ってあら? アイ、ねむくなってきたの? ママのおひざで寝る?」

「うん……」


 うなずくと、すぐにママはひざまくらしてくれた。やわらかくていいにおいで、ふかふかだあ。ヘーカがそっともうふをかけてくれる。


「しばしの間おやすみ、アイ」


 ママのこえをききながら、わたしはゆっくりめをつぶった。







 くらい、くらい、よるのなか。


「……入れて、入れてよぉ……」


 あぱーとのそとろうかで、わたしはドアのまえにうずくまっていた。


 わたしがどんなにドアをたたいても、ママとパパはおへやにいれてくれない。


 なんでおいだされたのか、よくおぼえてなかった。


 でもまわりはまっくらだし、ひとりでこわいよう……。


 わたしがしくしくないていたら、ちかくでガチャっとおとがした。


「……そこの子。おいで、こっちおいで」


 となりのいえのおばあちゃんが、ドアからひょこっとかおをだしていた。


 しわしわのおててが、わたしをよんでいる。


「ほら、夏とは言え冷えるといかん。おいで、ばあちゃんがなんかくわしてやる」


 わたしはどうしようかまよった。


 ママはわたしが、ほかのひととはなすと、すごくおこるの。


 このおばあちゃんとおはなししたら、きっとすごくおこられる。


 ……でも、まっくらにひとりは、こわかったの。


 わたしはそっと、おばあちゃんのおへやにはいった。


「ごめんなあ、こんなもんしかなくて。いまどきの子は、ケーキとかの方がいいんだろうけどねぇ」


 そういって、おばあちゃんは、ごとんとおさらをおいた。


 おさらのうえには、くろくて、まあるい……まあるい……これなあに?


「ほっほ。もしかして、ぼたもちは初めて見るのかい?」

「うん」

「食べてみんしゃい。あまくておいしいから」


 わたしはそぉっとぼたもちをつついた。


 ゆびのさきに、ちょっとべたっとしたものがくっついてびっくりすると、またおばあちゃんが、ほっほとわらった。


「大丈夫大丈夫。あとでおててを洗えばいいんよ。ほれ、そのべたっとしたやつ、ちょっとなめてみぃ」


 ええ~。これなめるのぉ……?


 ちょっとやだなとおもったけど、おばあちゃんがじっとみてるから、わたしはがんばってなめた。


 ぺろっ。


「……あまい」


 くろいべたっとしたものは、とってもあまかった。


「ほっほ。そうじゃろそうじゃろ。あんこだけじゃなくて、もち米と一緒に食べるともっとうまいぞぉ。ほれ」


 もたされたぼたもちは、やっぱりとってもべたべたしてた。


 でも、こんどはがぶっとかみついた。


 ……そしたら、ふわぁっとくちのなかに、あまいのがいっぱい!


 それにね、かむと、もっちもっちするの。


 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。


 ……なんか、たのしいねえ、これ。


「うんうん、喉につまらせないよう、よーく噛んで食べなね」


 おばあちゃんがにこにこといった。

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