第17話 なぜ、女の子だけなのかしら……
「最初は何が起きたのかわからなかったわ。異世界召喚なんて、漫画のことだと思ってたもの」
ポツポツと、サクラ陛下は語り始めた。
「でもこの国の人たちは、みんな私に優しかった。陛下だって、とんでもないろくでなしだったけれど、最初は本当に深く愛してくれたのよ……」
言いながら目を伏せる。そこに覗くのは、いまだに癒えない深い悲しみだ。
私は目を細めた。……口調からして、サクラ陛下はもしかして今でも前国王陛下を愛しているのかしら……?
「あの……不躾を承知で聞きますが、サクラ陛下は前国王陛下を恨んではいらっしゃらないのですか?」
「恨んでいるわ。もちろん怒ってもいる。……でもね、それ以上に悲しいのよ」
『悲しい』。ぽつりと漏らされた言葉が私の耳を打つ。
「ろくでもない人だったけれど、同時にあの人と過ごした日々が幸せだったのは事実よ。穏やかで満ち足りて、幸せとしか言いようがない日々。本当はそれを失ってしまったことが、何よりも悲しいの。一体どこで、ボタンをかけ間違えてしまったのかしらって。……駄目ね、もっと毅然としなければいけないのに」
「いいえ、そんなことは」
愛する人に裏切られるのは、つらいことだ。
私だって過去に婚約解消された時は、愛してもいなかったくせにひどく傷ついたんだもの。それが心から愛する人による裏切りなら、なおさらよ。
どうにかサクラ陛下をお慰めしてあげられたらいいのに……。
私がそう思っていたら、後ろに隠れていたはずのアイがとてて、とサクラ陛下の前に立った。
「おばあちゃん、どこかいたいの……?」
私はぎょっとする。
陛下に向かって「おばあちゃん」って! 先に呼び方を教えておくんだった……!
けれどハラハラする私には構わず、サクラ陛下はアイを見て悲しそうに微笑む。
「そうね……痛いのかもしれないわ。ずっと心の痛いのが治らないの」
アイの眉がしょんぼりと下がる。それから小さな手が、サクラ陛下に向かって伸ばされた。
「じゃあ、アイがいたいのとんでけしてあげる」
「まあ、あなたが?」
「うん、いつもママがしてくれるの」
それを聞きながら私は頬を染めた。「いたいのとんでいけ」は、アイが転んだ時によくやっているのよ。けれど、まさか陛下にやろうとするなんて……!
目を丸くしながらも、サクラ陛下はすっと頭を差し出した。それをアイがぽんぽんと撫でながら真剣な顔で言う。
「いたいのいたいの〜とんでいけっ!」
「ふふ……優しい聖女さん、ありがとう。少しよくなった気がするわ」
「ほんとう?」
アイが嬉しそうに笑った。その頭を優しく撫でながら、サクラ陛下が続ける。
「……話が逸れてしまったけれど、この国に召喚される聖女は全員、ひどい家庭環境で育ってきた娘たちよ。……さすがに、こんなに幼い子はいなかったけれど」
じゃあ、アイが選ばれたのもやっぱり……。
「教えて。この子が来た時はどんな状態だったの?」
陛下の問いに、私は一瞬ためらってから口を開いた。
「……とにかく怯えていて、口もきけず、栄養失調に陥っていました。医師の話だと、あと少しでも遅ければ命はなかったかもしれないと……」
あの頃のボロボロだったアイの姿を思い出して、心がぎゅっと痛くなる。
サクラ陛下が痛まし気に目を伏せた。
「……そう。でも見た限り、今はもう元気なのね?」
陛下の手が、確かめるようにアイのやわらかなほっぺを撫でる。アイはくすぐったそうにしながらも、されるがままになっていた。
「最近は本当によく食べるようになって、笑うことも増えて……ようやく、本来の明るさがもどってきたという気がします」
「それはよかったこと。……ホートリーに聞きましたよ。私に、この子の後援者になってほしいそうね?」
思いがけずサクラ陛下の口から本題が出て、私はドキリとした。あわてて説明する。
「見ての通りまだ成人前のため、民から非難されるかもしれません。それを少しでも和らげるために、サクラ陛下のお力をお借りしたいのです」
私は、あえてできるかぎりややこしい言い方で説明した。――だってすぐそばでアイが聞いていたんだもの。アイに「自分のせいで何かが起こっている」と思って欲しくなかったのよ。
ちらりと見ると、やはり言葉の意味がうまくわからなかったようで、アイはきょとんとしている。私はほっとした。
その横では、サクラ陛下が難しい顔で考え込んでいた。それからゆっくりと口を開く。
「あなたの気持ちはわかったわ。……でも残念ながら、それはできないの」
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