第13話 ユーリさまも、成長されていらっしゃるわ

 翌日、目をらんらんと輝かせ、別人のように肌をつやつやさせたホートリー大神官が朝いちばんに乗り込んできた。


「陛下! エデリーンさま! なんとかサクラ陛下に面会できるよう、話を取り付けてきましたよ!」


 ユーリさまが、ぽかんと目を丸くする。私は急いでアイを見た。……よかった、顔はびっくりしているけれど、喉はつまらせてないみたい。


 カチャンとフォークを置きながら、ユーリさまが咳払いした。


「ご苦労だった、ありがとう。……ところで、その話は朝食のあとにしてもらってもよいか?」

「あっ! こっ、これは失礼いたしました! わたくし、すぐに出直してまいりますゆえ!」


 と言いながらいそいそと大神官が退出する。


 ……そう、何を隠そう、私たちは朝食の真っ最中だったのよね。

 目の前ではアイが、お砂糖たっぷり、バターたっぷりの焼きたてほかほかマフィンにかぶりついている。甘い匂いをさせながら、リスのように膨らんだほっぺがつつきたくなるほどかわいい……!

 うっとりしながらぽろぽろと崩れたくずを拾っていると、ユーリさまが大神官の後ろ姿を見ながら不思議そうに首をかしげた。


「……ホートリー大神官は、あんな人だったっか……? なんというか……」

「つやつやしていましたわね」

「そう。つやつやしていた。あと頭も……」

「いつも以上に輝いてましたわね」


 そこでアイが小さく「……つるつる」と呟いた。


 ブフォッ! アイ、だめよ。それは私の腹筋に効く。

 見れば控えていた侍女が何人か巻き込まれたらしく、そばで肩を震わせている。


「……まあ、活気があるのはいいことだな。最近は心労で、一回りくらい小さくなっていたから」


 その言葉に、私は表情を引き締めた。


 ホートリー大神官は大神官で、アイを召喚したときにずいぶん周りから責められたみたい。もちろん彼ひとりの責任ではないのだけれど、どうしてもそういうときトップは責められがちなのよね。

 ……と言いつつ、私も責めた記憶があるんだけれど……。うん、それは今度ちゃんと謝ろう……。





 昼食後、私たちはユーリさまの執務室にいた。アイは侍女に付き添われながら、部屋の本棚を物珍しそうに眺めている。


 私は隣に立つ大神官に頭を下げた。


「ホートリー大神官さま、あの時は申し訳ありませんでしたわ。あなたがいなければアイを助けることもできなかったのに、私ときたらひどい態度を」

「いや、いや、いいんですよ。お気にせず」


 困り眉のままにこにこしながら、大神官は続けた。


「そんなことは些細なことです。それに、とんでもない間違いを犯してしまったのでは……と震えていた私を助けてくださったのは、ほかでもないエデリーンさまですからね」

「私が?」


 思い当る節がなくて首をかしげると、大神官がさらに顔を輝かせて言う。


「ええ。当時はこんな小さな子の人生をめちゃくちゃにしてしまったかもしれないと、懺悔の毎日でした。ところがどうでしょう。エデリーンさまと過ごしていくうちに、めちゃくちゃどころか、聖女さまは輝かんばかりの愛らしさを取り戻していったんですから」


 そう言ってホートリー大神官は、アイを見てにっこりと微笑んだ。


「初めはどうなるかと思いましたが、エデリーンさまなくしては、今のアイさまの笑顔はなかったと思いますよ。異例中の異例でしたが、あなたさまが王妃でよかった」


 穏やかな顔で言われ、私は顔を赤くした。

 そ、そんな真正面から褒められたら、照れてしまいますわ……!


 なんて思っていると、今度は険しい顔をしたユーリさまがぬっと顔を突き出してくる。その顔は何やら怒り、肩はぶるぶると震えていた。


「ホートリー大神官……! それは、それは、私がいつかエデリーンに言おうと……!」

「ななっなんと! 陛下の言葉を奪ってしまうとは、誠に申し訳ありませぬ!」


 えっ!? そんなこと思ってたんですの!?

 私が驚いていると、ユーリさまがハッとしたように額を押さえた。


「……あっ! いや! ……すまない。子供っぽいことを言ってしまった。……忘れてくれ」


 ……あら? あらあら? 横から見えるお耳が、真っ赤ね……?

 大神官がほっほと笑った。


「陛下。不敬を承知で言いますが、次からはわたくしに先を越される前に、陛下自らお言葉を伝えてくださいませ」

「……努力する」


 私はその顔をじっと見ていた。


 普段難しい顔をした、どちらかというと凛々しい雰囲気のユーリさまが照れているお顔はなんと言うか……とても貴重ですわね? 侍女たちがよく話している「ふとしたギャップがイイ」ってこういうことを言うのかしら……? それに、この人やっぱりなんだかんだ美形だわ。


 そのまま目を細めてじぃぃいっと見ていると、ユーリさまも気づいたみたい。


「どうしたんだ、エデリーン」

「いえ……ユーリさまは、改めて見るとお顔が大変よろしいなと思って……」

「なっ! き、君は何を言い出すんだ!」


 また、ぼんっと音がしそうな勢いで顔が赤くなる。


「そ、それを言うなら、君はすごく美しい……」


 まあ!


 私は感動して手をパチっと叩いた。


「ユーリさまも、ついにお世辞が言えるようになったんですのね!?」


 ユーリさまはとてもまじめな方である反面、とにかくお世辞や社交辞令というものが通じなかった。今まで彼に近寄り、歯に衣着せない言葉で逆上してきたご婦人がどれだけいらっしゃったことか!


「とてもよろしいことですわ! お世辞というのはいわば人間関係の潤滑油! ユーリさまもどんどん成長されていきますのね……! 私も見習わなければ」

「あ、い、いや、そういうわけではなく……」


 私が感動していると、隣から「ほっほっほ」と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ホートリー大神官だ。


「アイさま、見てくださいませ。ああいうのを、一方通行って言うんですよ」


 一方通行? 何がです? ……と横を向いて、私は仰天した。




――アイが、しゃがんだ大神官のつるつる頭を、一生懸命なでていたのだ。

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