第12話 まぶしいわ
「わあ、すばらしい眺め! さすが王宮ね」
よく晴れたあくる日、私はアイとともに午後の散策を楽しんでいた。
散策と言っても王宮の庭なのだけれど、それだけでも結構な広さがある。その上、庭師が丹精込めて育てた花が辺り一面に咲き誇っていて、眺めは最高よ。
前をたったか走るアイは、既に両手いっぱいの花を抱えている。庭師が、好きなだけ花を持っていっていいと言ってくれたのだ。
色とりどりのスイートピーやチューリップたちを抱えたアイは、本当にうれしそうだった。その上、ほかにもっといい花はないか、ぬかりなく黒い瞳を光らせている。……ふふっ、ちっちゃなハンターみたいね。
ほほえましく見ながら歩いていると、前を走るアイがふと何かをとらえた。つられて私も見れば……あら、ホートリー大神官じゃない。
彼は小さなベンチに座って、いつもの困り顔で汗をふきふきしていた。
「ごきげんよう、ホートリー大神官さま。休憩中ですか?」
声をかけると、大神官はあわてて頭を下げた。日に照らされたつるつるの頭がぴかっと光る。
「は、はい……ここなら、何かいい案が出てくるかと思いまして……」
「何かお悩みでも? ……って、聞くまでもなく悩みだらけでしたわね」
聖女披露式典に、サクラ陛下の面会にと、彼が抱える案件は多い。しかもどれも難解なものばかりだ。
「やっぱり、サクラ陛下に面会を渋られているのですか?」
「ええ、はい、実はその通りでして……さっきも追い返されちゃいました」
言いながらますます眉を下げる。ほとほと困り果てているようだった。
「……ママ」
「ん? どうしたの?」
呼ばれて、私はアイの方を向いた。小さな体が駆け寄ってくると同時に、ぎゅっと手を握られる。
『このひと、こまってるの?』
つぶらな黒い瞳が、じっと私を見上げていた。私が微笑む。
「そうなのよ。いろいろお仕事を抱えて大変みたい」
アイの目がぱちぱちとまばたく。
それからしばらく考え込んだかと思うと、アイは花束の中からそうっと一本の花を引き出した。白いカーネーションだ。
そのままタタタッとホートリー大神官のそばに駆け寄り、無言で突き出す。……どうやら、大神官にあげるという意味みたいね?
私は聞いた。
「いいの? それ、一番好きって言ってなかった?」
「……おじさん、げんきないもん。いちばんかわいいの、あげる」
そう言って大神官にカーネーションを押し付けたかと思うと、駆け寄ってきてサッと私の後ろに隠れた。あげたはいいが、恥ずかしくなってしまったらしい。
ふふ、恥ずかしがり屋さんね……なんて笑っていたら、前に立つホートリー大神官が突然叫んだ。
「……う、うおおおおお!!!」
「きゃっ!? 何!? あなた、そんな声出すキャラでしたっけ!?」
思わぬ野太い雄たけびに、私は咄嗟に手を広げてアイをかばった。
だが、そこでなぜかホートリー大神官はしくしくと泣き出したのだ。彼の変化についていけず、ぽかんとする私の前で大神官がむせび泣く。
「なっなんということ……! まさか、まさか聖女さまに白のカーネーションをいただけるとは……! ぐふうっ、信徒ホートリー、光栄の極みであります……!」
なんて言いながらひざまずき、カーネーションをあがめている。
「……あの、どういうことか説明してもらっても……?」
聞いたはいいものの、大神官に説明する余裕はないように見える。私は必死に記憶を探った。
えーとえーと、白いカーネーションって何か意味があったかしら……?
そうしているうちに、あっと声が出た。
――白いカーネーションは、女神ベゼが天界に帰るとき、この国最初の王に手渡した花。「愛情は生きている」「無垢の愛」という花言葉から、女神が人に与える愛を体現しているのだという。
それを女神の娘である聖女、つまりアイにもらったということは、ホートリー大神官にとって女神から花をもらったも同然だったってことかしら!?
「……アイ、あなた、このことを……」
丸いふたつの目が、ぱちくりとまばたいた。
「……知ってるわけないわよね」
ということは、完全な偶然。
一瞬そのことを伝えようかとも思ったのだけど……ホートリー大神官は号泣していてそれどころじゃなさそうだ。
「まあ、泣くくらい喜んでくれてるってことで、よかったわね?」
よくわかんないけれど、そういうことにしとこう。
私がアイの頭を撫でると、アイは照れたようにへへっと笑った。
かと思った次の瞬間、泣き伏せていたホートリー大神官がガバッと身を起こす。その勢いに私とアイがびくっとした。
「エデリーンさま! アイさま! わたくし、情けないことにすっかりふぬけておりました! おふたりをお支えするためにも、なんとしてでもサクラ陛下に取り次がねば! 信徒ホートリー、今こそ立ち上がるときです!!!」
つるつるの頭がピカッと太陽光を反射して私は手で覆った。ウッ! まぶしい!
ホートリー大神官は、人が変わったように勢いよく拳を突き上げていた。その瞳には、情熱の炎が燃え立っている。いつも下がっている眉ですら、今は吊り上がっていた。
……なんかよくわかんないけれど、やる気が出たってことよね……?
「ぜ、ぜひお願いしますわ……」
私は渇いた笑いを返した。隣ではアイが、私の手をにぎってくすくすと笑っていた。
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