第11話 そんなことはないと言いたい人生だったわ

「……そろそろ……ずっと延期していた聖女披露式典をやろうと思うのだが……」


 さんさんと日光が差し込む部屋の中。

 一体どうやっているのか、ユーリさまがどんより、どんよりという効果音を発しながら力なく言った。


 ……この間アイに“パパ呼び”を拒否されてから、ずっとこんな感じなのよね。


 本当に一体、何でユーリさまを呼ぶのが嫌なのかしら……。とは言えアイに強要するわけにもいかないし、その辺りは時期を見てこっそり聞くしかない。今は呼んでもらえる日までがんばれユーリさま! それしか言えないわ!


「聖女披露式典、やらないとだめですわよねえ……」

「ええ、そろそろ信徒たちも限界でして……」


 隣で汗をふきふきしながら言っているのは大神官だ。アイを召喚したときにもいた人ね。苗字は確かホートリーだったかしら?


 つるんとした頭に、下がり気味の眉、口の上にちょこんとのったおひげ。全体的に小さくこじんまりとしたシルエットは、歴代大神官たちの厳めしさからはずいぶん離れている。……どちらかというと、人のよさそうなおじさんって感じ。


 そんな私たちの後ろでは、アイがたくさんの侍女たちに囲まれて何やらお絵かきをしていた。


「おじょうずですわ!」

「きれいなまるですわ!」

「色使いがパワフルですわ!」


 初めは少し緊張していたアイも、侍女たちにちやっほやされて、今はまんざらでもなさそうに絵を披露している。


 その様子を微笑ましく眺めながら、私はユーリさまの方を向いた。彼は相変わらず、どよどよと謎の効果音を発している。……本当にどこから音が出ているの? それ。


 きのこが生えてきそうな気配に、私は我慢できなくなってどついた。


「もうっ。しゃんとしてくださいませ! あんまり暗い顔をしていると、またアイに怖がられますわよ?」


 この言葉は効果てきめんだったらしい。たちまちユーリさまの背筋がピシっと伸びた。


 満足げにうなずくと、ホートリー大神官が汗をふきながら言う。


「本来なら、聖女召喚から一か月後に披露式典を執り行うのが慣例……。聖女さまの健康状態を理由に延期してきたのですが、信徒たちのみならず、神殿内でも不満が噴出しておりまして……」

「まあ、そうよね……」


 忘れていたけれど、聖女は女神の娘。つまり女神を信仰する神殿にとっては、何より大事な存在。私ががっちりと囲い込んでしまったけれど、彼らにこそ聖女は必要なのよね……。


 そこへ、ユーリさまも口を開く。


「民からも、聖女はどうなっているんだという声も多い。この辺りで一度アイの姿を見せ、彼らを安心させてやらなくては」


 その言葉に、私はしぶしぶながらもうなずいた。


 ここで無理を言って、式典を伸ばしてもらうこともできる。けれど将来的なことを考えると得策ではないのよね。出し惜しみすることで「なぜ姿ひとつ見せることができないのだ?」と反感や不信感を買う恐れがあるんだもの。……この辺りは、妃教育で履修済みよ!


 よし。こうなったらアイをパッと出して、パッとひっこめちゃいましょう! 幸いにも私は王妃兼、聖女補佐役。アイの負担をどれだけ減らせるか、私の腕にかかっているわ。


 私がひとり使命に燃えていると、ホートリー大神官がおそるおそる尋ねた。


「あのう……こんなことを言うのもなんですが、聖女さまは、その、まだ幼いでしょう? 国民たちが、かえって不安を感じたりは……?」


 その言葉に、ユーリさまの目がぎろりと輝く。ホートリー大神官が「ヒッ」と叫んで慌てて手を振った。


「けけけけけ、決して、聖女さまをけなしているわけでは……!」

「……わかっている」


 ユーリさまはため息をついた。


 ……大神官の言うことも一理ある。アイは私にとっては“かわいい娘”だけれど、民たちにとっては“国を守ってくれる聖女”なのよ。


 それが五歳の子供だとわかったら……「そんな小さい子で大丈夫?」って思うかもしれないわね。ううん、そういう意見は間違いなく出てくるはずよ。


「何も考えていなかったわけではない。……ただ苦肉の策にはなる」

「……と言いますと?」


 大神官の問いかけに、ユーリさまは目を細めた。


「聖女が幼くて不安だと言うのなら、聖女を連れてくればいいのだ」

「もうひとり……って、まさか、サクラ陛下のこと?」


 私は聞いた。


 一瞬、新しい聖女を召喚するのかと思って焦ったけれど、よく考えたらそれは不可能だ。聖女の召喚は厳しい制約があって、王が代替わりした時しか行えないと習ったことがある。


 そうなると、この国の聖女と言えばアイとサクラ太后しかいない。

 私の問いにユーリさまがうなずいた。


「今は力を失っているとはいえ、サクラ陛下は立派な聖女として活躍してきた。これから力が戻ってくる可能性もある。今は彼女にアイの後ろ盾となってもらって、聖女二人体制で支えていくことを前面に押し出すしかない」


 言いながら、ユーリさまはどこか渋い顔をしている。……でも。


「サクラ陛下が……出てきてくれるでしょうか……」


 ホートリー大神官がまた汗をふきふきした。

 問題はそこなのよね……。


「出てきてくれるかどうかではない。なんとしてでも引っ張り出さないといけないんだ」


 ユーリさまの顔がギッと険しくなる。また大神官が「ヒッ」と叫びをもらした。


「そのためにもホートリー大神官、サクラ陛下に取次を頼めないだろうか」

「わ、わかりました……。がんばってみます」


 サクラ陛下はいま、ほとんどの人との接触を断っている。その中でホートリー大神官は、陛下と連絡がとれる貴重な人物でもあった。


 私は小さくため息をつく。


 確かに、かつてのサクラ陛下はまごうことなき聖女だったわ。まだ幼い頃に少しだけお会いしたことがあるのだけれど、これぞ聖女! ってぐらいキラキラして美しい人だった。


 でも、いまその力は失われ、もう十年以上何もしていない。ある意味お飾りの聖女状態。そんな彼女が果たしてどれくらいの支持力を持っているのか、正直言ってわからなかった。ユーリさまも「苦肉の策」と言っていたから、その辺りは危惧しているのでしょうね。


 考えながらちらりと後ろを見て、私は仰天した。


「えっ? 何あれ?」


 真ん中に座るアイ、はさっきと同じなのだけど、それを取り囲む侍女たちの様子がおかしい。

 みんな心底デレデレした顔で、アイの髪やらほっぺやらおててやらを撫でまわしている。アイはと言えば、ちょっと困った顔でぬいぐるみのようにされるがままになっていた。


「ちょ、ちょっとちょっと、何をしているの!」


 私が慌てて侍女たちを蹴散らすと、彼女たちは頬をポッと染めたまま恥ずかしそうに言う。


「申し訳ありません、アイさまがあまりにかわいらしくて……!」

「みてくださいエデリーンさま! なんと私たちひとりひとりに、似顔絵を書いてくださったんですよ!」

「しかも一生懸命なまえも書いてくれて……」


 全員、語尾にハートがついている。


「え、ええ、アイがかわいいのはわかるけれど、それにしたってちょっと異常なかわいがりっぷりじゃなくて……!?」


 これはなにか、魔法でも使ってるのかしら? そんなスキルはどこにも見当たらなかったけれど……。

 私が首をひねっていると、歩いてきたユーリさまがゆるりと言う。


「何を言っているんだ、エデリーン。君もいつもあんな感じだぞ?」


 ……えっ? うそ?


「私、あんなにデレデレした顔、してました……?」


 恐る恐る聞けば、ユーリさまがこくりとうなずいた。ホートリー大神官もまわりの侍女たちも、なまあたたかい笑みをうかべてゆっくりうなずく。


 私は恥ずかしさに顔をおおった。

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