第4話 聖女……可愛すぎない?
「はい、あ~ん」
満面の笑みで、私はアイにスプーンを差し出した。スプーンに載せてるのは、ぷるんぷるんのプリン。
はむっという音とともに、アイの口にスプーンが吸い込まれる。
途端、アイの目がきらきらっと輝いた。
ほふぅ……と幸せそうな吐息が漏れて、それを見ている私もほぅっと息をつく。
なんでかしら。妹たちにご飯を食べさせていたときは、「かわいい!」なんて思ったことはなかったのに。
これはアイが特別に可愛いのか、私が年をとって丸くなったのか。……といってもまだ、二十歳なんだけどね。
私は再度プリンをすくった。
ぷるるんとゆれる動きだけで、アイが目を輝かせ、その顔には一秒でも早く食べたいと書かれている。でも口には出さず、じっと私を待っている姿がとてもいじらしい。
私がスプーンを差し出すと、待っていましたとばかりに「あ」と口が開かれる。プリンはそのままつるりと吸い込まれ、アイが幸せそうにきゅっと目を細めた。
ああ、本当なんて可愛いのでしょう……! そんなに喜んでもらえると、用意したかいがあるわね!
私はじーんと感動に震えた。
なんかもう、一生この時間を続けていたい……。
なんて思っていたら、突然部屋の扉が開いた。
現れたのはユーリ陛下だ。
「エデリーン、聖女の様子はどうだ」
その声に、アイがびくっと肩をすくめる。
ああっ! 顔が青ざめてるわ! そりゃそうよ、大の男がそんな仏頂面と低い声で言ったら怖いに決まってるじゃない!
「陛下、アイが怖がっていますわ。お話は後にしていただいても!?」
「わ、わかった。出直そう」
困惑顔の陛下があわてて出て行く。……ちょっと悪いことしちゃったかしら? でも今はアイ最優先だものね?
「もう大丈夫よ、アイ。次はどれを食べる? それとももうお腹いっぱいかしら?」
何事もなかったかのように私が聞けば、アイは恐る恐る白パンを見た。うんうん、次はこっちね?
私はあえてパンをまるごと渡した。
本当はちぎって食べるのが淑女のマナーだけれど、今はそれより食の喜びを知ってほしいわ。
ふわふわの白パンをにぎったアイが、またキラキラと目を輝かせている。
……小さい子って、なぜかこういうの持ってるだけで楽しかったりするのよね。末の妹も、リンゴがしおっしおになるまで持ち歩いていたことがあるもの。
存分にふわふわ具合を堪能したのだろう。アイが小さなお口でかぷっとかぶりついた。
そこへ、ガチャリと扉が開く。
「すまない、これだけは伝えておかねば――」
再度現れた陛下に、アイが一瞬ムグッと喉を詰まらせかけた。
キャーーー!!! 大変!!!
慌てて背中を叩いて吐き出させ、水を飲ませる。
なんとか事なきを得て、私は心底胸を撫でおろした。それから立ち上がって陛下に詰め寄る。
「へ・い・か!? せめてノックはしてくださいませ!」
アイを怯えさせないよう声は小さめに、でも瞳に全力の圧をこめて問いかける。多分、こめかみに青筋浮かんでたわ。
「ほ、本当にすまない……」
「……まあ無事だったのでよかったですが、お話ってなんでしょう?」
本当は早く食べたくてしょうがないだろうに、アイは後ろで律儀に待っている。それをちらりと見ながら私は聞いた。
陛下が真剣な顔になる。
「……エデリーン、今回の召喚は知っての通り、想定外のものだ。彼女は五歳。言葉も喋れず、本当に聖女なのかもわからない」
私は黙って聞いていた。
「引き続き召喚が違えた原因を調査しているが、その間よく聖女を観察してほしい。彼女が本当に聖女なのか、それとも巻き込まれたただの不幸な子供なのか」
私は小さくため息をつく。
そうなのよね……。幸か不幸か、アイは聖女として召喚されてしまった。
本当はこんな小さな子に“聖女”なんて重役を背負わせたくないのだけれど、陛下や大神官たち、何より民のことを考えると「知りません」ではすませられない。
「……わかりました。何かわかったら、すぐ報告します」
「ああ、頼む。……それと、もうひとついいだろうか?」
陛下は控えめに聞いた。早くアイの所に戻りたかったけど、あんまり失礼な態度をとるのもよくないと思って私はうなずいた。
「なんでしょう?」
「聖女用に用意していた衣装は、みんな大人用のものだ。彼女用に、新しく服を仕立てる必要がある」
その言葉に、私はパッと目を輝かせた。
――アイに服を仕立てる?
つまり、アイにあんな服やこんな服を着せられる……ってこと!?
私は鼻息荒く答えた。
「大歓迎ですわ!!!」
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