第5話 アイが可愛すぎて寿命が伸びる……!

「かーわーいーいーわ~~~!!!」


 色とりどりの、子供用ドレスが並ぶ広い王宮の一室。

 私は恍惚の表情で叫んでいた。


 目の前では聖女服に身を包んだアイが、はずかしそうに立っている。


「ああっ聖女服を着たアイのかわいさったら……! これだけで魔物を一掃できそうなぐらい尊いわね……!」


 アイ本来のかわいさに加わって、お堅い服を着せられた子供ならではのかわいさとでも言うのだろうか。ピシっとした服を着て一生懸命な顔で立つアイは、その立ち姿だけでパン一斤は食べられそうなほどかわいい。


 ふふ……。ざんばらだった髪も綺麗に整えてもらったし、最近ご飯を食べるようになってほっぺもふっくらしてきたし、まさに無敵ね。ああ、今すぐこのかわいさを絵に残したい……!


 うずうずする手を押さえながらうっとりと見惚れていると、そばで見ていた大神官が進み出る。


「王妃陛下、聖女さまの衣装はこちらで問題ございません。……ところで、あちらは……?」


 言いながらちらりとそばのドレスたちを見る。


「ああ、それはアイの服よ。ずっと聖女服で過ごすわけにもいかないでしょう?」

「は、はあ……」


 私がにっこり微笑むと大神官が汗をふきふきした。


 ……まあ彼が戸惑う理由もわかるわ。だって、軽く見積もっても二十着以上のドレスがずらっと並んでいるんだもの。


 服はよく見かけるような淑女服から始まって、これは一体いつ着るの? と聞きたくなるド派手な服まで、趣向はさまざま。


 これには、私の趣味も多大に含まれているわ! ……アイが着るのを、どうしても見てみたかったのよ。


「ねえ、アイ。このお洋服たち、着てみない? 嫌なら、お部屋に戻ろうか?」


 はやる気持ちを抑えておそるおそる聞けば、アイが嬉しそうにうなずいた。――その顔に、嘘や遠慮はなさそうだ。目がキラキラと輝き、既にドレスに吸い寄せられているのがわかる。


 よし、本人も乗り気なら話は決まりよ! 私はせっせとアイに色々な服を着せた。


 クラシカルな形が素敵な、フリルたっぷり正統派お姫さまドレス。


「あぁっ! なんてかわいいお姫さま!」


 黒の生地に裏布は赤でピシッと決めた、ちょっぴりカッコイイ系ドレス。


「キャーッ! 小悪魔さんにハートを射抜かれたわっ!」


 薄いふんわりした平織物オーガンジー生地を何枚も重ね、星柄のスパンコールが付いた妖精風ドレス。


「かわいいっ! 妖精さん、こっち見てー!」


 ……はっ! いけない。大神官がすごい目で私を見ている。


 私はコホンと咳払いした。それに私ばかり楽しんでいる場合じゃないわ。


「アイ、あなたはどの服を着てみたい? どれでもいいのよ、好きなものを選んでね。なんなら全部でもいいのよ?」


 思わず鼻息荒く詰め寄ってしまい、怖がらせたかと心配したけれど、アイもまんざらではなさそうだった。

 照れたように微笑みながらも、自分からせっせと次の服を探している。ふふ、いい兆候ね。やっぱりドレスは全部買いましょう。


 私は満足げにうなずくと、仕立て人を呼んだ。そうして話している最中にふと気づく。


 ……部屋の隅に、よく見たら幽霊のようにぬぼーっとユーリ陛下が立っていたのだ。


「うわ!? びっくりしましたわ陛下! いらしてたなら声をかけてくださいませ……!?」

「……いや、その、また驚かせても悪いかと……」


 あ、一応気をつかってくれていたみたい。前回、怒りすぎてしまったかしら……。


「それで、どうなさったのですか?」


 ……まさか、服を買いすぎだと注意されるのかしら? でも自分の服ならともかく、アイの服は少しも妥協したくないわ! だから全部私のお小遣いで買うわよ!


 なんて心の中で反論を考えていると、陛下が全然違う話を始めた。


「……聖女殿のことなのだが、やはり一度召喚した聖女を返す術はないようだ」

「そう、ですか……」


 私と陛下の目が、アイに向けられる。


「サクラ前王妃陛下なら、何か知っているかもしれないと思ったのだが……残念ながら会ってもらえなかった」


 そう言ってユーリ陛下は目を伏せた。


――サクラ前王妃陛下は、アイの前の聖女だ。


 聖女の話は聖女から聞くのが一番てっとり早い。ユーリ陛下もそう思ったのだろう。けれど彼女は前国王に裏切られて以来、離宮に引きこもって人前には姿を見せなくなっていた。


 それに、ユーリ陛下はサクラ前王妃陛下にとっていわば愛人の子。……顔も見たくない、ということなのでしょうね。


 苦々しく思いながら、同時に私は心のどこかでほっとしていた。


 アイは五歳。本当なら帰す道を探すのが筋なのでしょう。


 ……でも、嫌だった。

 あの子をあんなに傷つけ、怯えさせる親のもとに帰して、あの子が幸せになるとは思えなかったのよ。


 私と陛下が黙り込んでいると、たたたっと足音がして笑顔のアイが駆け寄ってくる。


 アイは、白のチュールがふんわりと膨らんだ、透明感を感じるワンピース風ドレスを着ていた。


 天使のごとき可愛さに、私は絶叫する。


「まああっ! 天使! 天使が舞い降りましたわ! 可愛すぎて、寿命が十年は延びる音が聞こえましたわよ! 陛下もそう思いませんことっ!?」


 その言葉で、アイも陛下がいることに気づいたらしい。やや怯えた表情になる。


 陛下が困惑した表情で言った。


「……ああ、とても、似合っていると思う」


 私は陛下を小突いてささやく。


「そういう時は『似合う』じゃなくて、すごくかわいいって言うんですよ」

「す、すごくかわいい……と思う」


 陛下の言葉に、アイがびっくりした顔をして……それから少しだけはにかんだ。

 ここ最近思っていたけれど、アイにはこちらの言っている言葉は通じている気がするのよね。


 だとしたら、いいことだわ。

 ユーリ陛下は黙っていると近寄りがたいけれど、根はいい人なのよ。言葉が通じるならゆっくり時間をかけて、アイの陛下に対する恐怖心を取り除いてあげたいわ……。


 なんて思っていた次の瞬間、アイの体がびくんと震えた。


「アイ? どうしたの?」


 そんな私の声には構わず、アイが緊張した顔で窓に駆け寄る。


「危ないわ、落ちないように気を付けて――」


 あわててそのあとを追い、アイの腕を掴んだ瞬間、びりっとした衝撃が私の体に走った。


「っ……!?」


 同時に、頭の中に流れ込んでくる


『聖女アイ:スキル魔物感知を習得』




 ……えっ? 何これ?

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