第2話 聖女……どう見ても5歳よね?
召喚紋の上でガタガタと震えているのは、ざんばらに切られた黒髪の、どう見ても五歳かそこらの幼女。
……確かに聖女はいつも大体十代後半が多いけれど、いくらなんでも若すぎるのではなくて!?
私が説明を求めてぐりんっと視線を向けると、陛下は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「……彼女が今期の聖女、らしい」
ぐりんっと、今度は神官に顔を向ける。どうなってるのよ! と目で説明を求めれば、顔に汗を浮かべた大神官が進み出た。
「その、国の力そのものが弱っているせいか、どうやら召喚がうまくいかなかったようで……」
遠回しに自分たちの責任じゃないことをアピールされているけど、そんなことよりもっと気に掛けるべきことがあるでしょう!
「この子、元の世界に帰せないの?」
今まで召喚した聖女たちはなぜかやたら適応力が高く、「これが異世界召喚なのね!?」と目を輝かせながらこの世界になじんでいったらしいけれど、この女の子はどう見ても違う。完全に誘拐だ。
「残念ながら……」
大神官が汗をふきふきしながら言う。私はまた舌打ちしたくなった。
「どうやらこの子は今までの聖女と違って言葉も通じないようだ……そして私が近づくと、怖がる」
言いながら陛下が一歩足を踏みだすと、聖女はびくっと肩を震わせた。
……まあ無理もない。ユーリ陛下は先王に似てすらりとした長身美男なのだけど、わけもわからず変な場所に連れてこられた幼女からしたら怖いだけよね。
陛下が暗い顔で言う。
「来てからずっとその調子だ。うずくまって、一歩も動こうとしない」
――もうお手上げ、というわけね。とりあえず王妃だから、私も呼ばれたってところかしら。
ため息をつきながら、私は目の前の聖女を眺める。
彼女は体を抱きかかえるようにして震えていた。ボサボサの髪に、体にぴったりした風変わりなシャツとズボン。全体的に薄汚れており、袖から覗く手首はずいぶんと細い。
「……あら?」
そこで私は、ふとあることに気づいた。
裾から覗く手首……のさらに奥、腕の部分に、紫色の何かが見えたのだ。
私がつかつかと歩み寄ると、少女はまたびくりと震えて自分を守るように頭を抱えた。
……この反応、いくらなんでも怖がりすぎだわ。まるで私にぶたれると思っているみたい。
ゆっくりとしゃがんで、できるだけ優しい声で話しかける。
「……ごめんね、少しだけ体を見せてね」
言いながら少女の服をまくり上げると、予想通り、そこには紫のあざが散乱していた。――殴られた後だ。
私はぐっと唇を噛んだ。
こんな幼い子に、なんてひどいことを。
顔も知らない親への怒りがふつふつ湧いてくるが、今はそれをグッと抑え込む。
私は彼女から離れると、陛下を見た。
「陛下。お願いがあります。どうかしばらく、私と彼女を二人にしてもらえないでしょうか? それから、肌触りのいい毛布と私のスケッチ用の一式を」
ユーリ陛下の目が細められる。だが彼は私の
「わかった、君に任せよう。道具も用意する。他に必要なものがあったら言ってくれ」
「でしたらあたたかいスープもお願いしますわ。それとお菓子も」
私の言葉に、陛下はすぐ言う通りにしてくれた。心配顔の大臣や神官たちを叩きだし、侍女たちにも外に出てもらい、二人きりになる。
少女は相変わらず、かわいそうなぐらいガタガタと震えていた。
その姿に胸を痛めながら、私はそっと歩み寄る。怖がらせないようしゃがんで目線を合わせてから、細い体にやさしく毛布を巻く。
「……大丈夫、毛布をかけるだけよ」
それから少し離れたところに座る。私は床にキャンバスを立てて紙を広げると、少女には構わずチョークを走らせた。
大きな窓から夕日が差し込む中、部屋に響くのはシャッシャと言う静かな音だけ。その音に慰められるように、少女の体からだんだん震えが消えていく。
どのくらい経ったのだろう。
気づくと彼女は、毛布に丸まったままじっと私の手元を見つめていた。にこっと微笑むと、すぐさま顔がそむけられる。
……そろそろ、頃合いかしら。
「見る? 私、絵は上手なのよね」
言いながら、絵をトンッと立ててみせる。途端、こちらを向いた少女の目が丸くなった。
そこに書かれていたのは、彼女の肖像画だ。
昔から絵だけは得意で、妹たちを喜ばせるのによく使った手なのだ。ちなみに、私は四姉妹の長女よ。
「ね、なかなか上手だと思わない? そっくりでしょう」
言いながら、絵を少女の前に置く。
彼女は何も答えなかったが、その瞳はキラキラと輝いていた。こうして見ると、聖女だけあって幼いながらにも美少女だわ。
それから私は、人差し指で自分の顔を指さした。
「わたしはエデリーンよ。エ・デ・リーン」
何度も指しながら名前を繰り返せば、彼女も理解したらしい。次に少女を指さす。
「あなたの名前は?」
少女はしばらくためらってから、ゆっくり口を開いた。
「……アイ」
鈴のように可憐な声。私はにっこりと微笑んだ。
「そう、アイっていうの。よろしくねアイ。私たち、仲良くしましょう」
――それから聖女アイと私と、それから陛下も含めた新生活が始まった。
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