【第3部連載開始】聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?

宮之みやこ

第1話 『君を愛することはない』……まあ、そうなるわよね?

「エデリーン。君には感謝している。だが、私が君を愛することはない」


 結婚前日の夜。私は婚約者であるユーリ・マキウス陛下の執務室に呼び出された。


 彼はつい先日国王に即位したばかりの見目麗しい新王。整った精悍な顔立ちには王家特有の黒髪と、王家では珍しい蒼の瞳が輝いている。


 だというのに、その表情は暗い。


 ……まあ、理由は薄々わかっているというか、アレ以外に考えられないんだけど。


「それは、聖女さまが来るからでしょうか?」


 私が一応聞くと、彼はゆっくりとうなずいた。


「そうだ。私は聖女をんだ」


 ……愛って、そんな厳しい顔で言うことじゃない気がするのだけど、そこは触れないでおこう。彼の気持ちもわかるから。


「わかりました。私も、さすがに聖女さまをないがしろにしてまで愛してもらえるなどと期待しておりません。そもそもこの結婚自体が、おかしいのですから」


 言いながら私はため息をついた。


 この国では代々、異世界から聖女を召喚してきた。


 何でも、建国史に出てくる“女神ベゼの娘”――通称、聖女――だけが使える特別な魔法がこの国を守るらしいのだが、聖女はなぜか異世界にしか生まれてこない。


 そのため王が代わる度に異世界から聖女を召喚し、力ある貴族の家の養女として迎え、王妃として嫁がせる。それが慣習で、今回もそうなるはずだった。


 なのに。


 私――エデリーン・ホーリー侯爵令嬢――の父が、突然「エデリーンを王妃にする!」と言い出したのだ。


 ユーリ陛下は元々第七王子。かろうじて王位継承争いには参加できたものの、生母の身分が低く立場が弱かった。そこへ、後ろ盾となって王まで押し上げる代わりに、私を正妃に迎えろと持ち掛けたのが父だ。


 最初聞いた時は「そんな無茶な」と思ったのだが、これがまさかの大成功。

 そういえばお父さま、政治と商業に関する手腕はどちらも天才的だったのを忘れていたわ……。


 けれど、それって私にとっても陛下にとっても、そして将来やってくる聖女にとっても不幸なことなのよね。


 なぜなら、異世界からやってくる少女が力を発揮するためには、確固たる条件がある。


 それは――聖女は絶対に愛されなければいけない、ということ。


 女神の娘として選ばれる聖女は、愛を糧に力を発揮するのだ。


 幸い、召喚される聖女というのは皆例外なく若くてかわいくて、ついでにこの国では特別な証である黒髪で性格もすごくいいから、歴代国王たちはすぐに虜になったみたい。


 国王と王妃(聖女のことね)が相思相愛になることで国の守りはどんどん強くなり、みんながめでたしめでたし――っていう流れなのだけど、考えてみて。


 そこに私が王妃として挟まっていたら、お邪魔虫以外の何物でもないわ。


 父に問い詰めたら「仕方ないだろう。占い屋のばあさまがそう言ってたんだから」の一言で会話が終わって、人生で初めて舌打ちしようかと思ったわ。


 私が当時のことを思い出してイライラしていると、陛下が重苦しく口を開く。


「君につらい立場を強いることになって、申し訳なく思っている。私のことを恨んでくれてかまわない。だが、どんなことをしてでも国を守りたいんだ」


 その顔は真剣そのもので、私は何も言えなかった。

 だって父の後ろ盾を失えばユーリ陛下はすぐに蹴落とされるだろうし、父は父で私を王妃にするのは絶対だと言って聞かない。


 それに形はどうあれ、彼の国を思う気持ちは本物なのだ。


 国王と聖女が愛し合えば愛し合うほど、国の守りは強くなる。逆に言うと愛情にひびが入れば、守りにもひびが入るということ。


 先代国王、つまりユーリ陛下の父王は、最初の数年は聖女と仲が良かった。けれど時が経つにつれ、もともと遊び人であった血が抑えきれなくなってしまったらしい。

 令嬢や侍女たちに次々と手を出し、何人もの王子王女を産ませてしまう。そのうちの一人がユーリ陛下だ。


 当然、聖女である前王妃さまは怒り狂い、そして力を失った。そのせいで我が国はもうここ十年ほど、ずっと魔物の脅威に脅かされ続けているのだ。


 だからご兄弟の中で誰よりも優しく、そして誰よりも真面目なユーリ陛下が思いつめるのも無理はない。彼もまた、母親を魔物によって失ってしまったのだから。


「気にしないでくださいませ。先ほども言った通り、私は百も承知です。その代わり、私は私で好きにさせていただきますわね」

「もちろんだ。生活面で君に不自由はさせないと約束しよう」


 それで私たちの話はまとまった。


 ま、元々上位貴族たるもの愛のある結婚など期待していない。むしろ公務やらなんやら、めんどくさそうな役割をこなさなくてもよさそうで気が楽だ。全部聖女がやればいいのだから。


 私には魔力もなければ特別な力もない。役立たずなお飾り王妃として、一人趣味に没頭――じゃなくて、陰から応援させてもらうわ。





 ……って思っていたのに、一体何がどうなっているの?


 聖女召喚のためにしつらえられた部屋の中。


 困り果てた顔のユーリ陛下と、同じく困り果てた顔の大臣やら神官たちやらに囲まれて、私は目の前で泣く、どう見てもを見下ろしていた。

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