第28話 繰り返したその先に

そこには

『3月31日

明日、ウイングに告白しようと思う。


もし、ダメでも明日はエイプリルフールだから

誤魔化しがきくと思うの。


……勇気が出なくて、こんな日にしか言えない自分が

遠回りしか出来ない自分が嫌になる。


でも、最近周りでウイングの人気が高まっている噂を

聞いてしまったから。


隣に無条件に入れる訳がないのに


それに甘んじていた私の罪。


ウイングの隣には私が居たい。

この特等席を誰かに譲る気はないの。

頑張れ、私』


そうして

あの日、セレンは俺に想いを伝えてくれた。

そして、命を失ったんだ。


彼女を突き飛ばしたのは

そんなセレンに嫉妬した誰か、なのかも知れない。


勇気を持って行動した彼女を排除しようとした誰か


正直、そいつが憎くないわけじゃない。

でも、この悲劇がなければ俺は

きっとセレンの思いを受け止めることはなかっただろうし

周囲の人に感謝を伝えることも

生きる希望を持つ事もなかっただろうと思う。


でも

さっき見たセレンは穏やかな顔をしていた。

誰かへの憎悪で満ちているような

悲壮感の漂うような

そんな顔じゃなかった。


彼女の心臓を大切にする


それが今の俺に唯一出来る

今の俺が彼女のために成せる事


怒りの感情が湧き上がって来なかったのは


直前に見た彼女の優しい笑みのお陰か


それとも

自分の中に彼女の心臓がある事で

すぐ傍にいてくれている感覚があったからなのか

わからないけれど


病室で各々が感情を表出する中で

俺はひたすらに微笑んでいた。


後に聞いたのだが俺が目覚めたこの日は

セレンから心臓を譲り受けて

丁度50日目だったのだという。




ーそれから数日後ー


「もう、1人で大丈夫なの?」


母さんは相変わらず心配性だ。


もう、昔の俺の心臓じゃなくて

セレンから貰った大切な心臓で


「1人じゃないよ、母さん。

俺には、セレンがずっといてくれているから」


無事に退院出来た俺は

まだ不安そうな母さんを置いて


セレンとの思い出の場所へ向かっていた。


何度も通った桜並木

もう、あの日から2ヶ月が過ぎて

桜も葉桜になって

雨粒に陽光が乱反射して煌めいている

季節を迎えていた。


「この並木道、セレン好きだったもんな」


不思議と胸が高鳴る気がした。


ここでなら

セレンに素直な思いを伝えれる気がして

ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ずっとセレンに伝えたかったんだ

今更遅いけど。


ずっと、俺はセレンに憧れていたし

その優しさに救われていた


その笑顔がとても愛しくて

守りたいって思ってたんだ。


実際、守られていたのは俺の方だけど

それでも


今度は、俺がセレンの心臓を守っていくから。


ずっと、好きだって、言えなくてごめん。


こんな意気地のない俺がずっと嫌だったけど


それでもセレンは好きでいてくれたんだもんな。


俺が、俺を否定してちゃ

セレンの思いまで否定してしまうことになるから


俺、自分のことは嫌いだけど


セレンのことは好きだからさ


セレンが好いてくれた俺は少しだけ

好きになれるような気がするよ


セレンが生きていたかった世界で


セレンの為に、頑張って行くよ。」




ーこの先の世界でー


『後悔を抱えながらも前に向かって歩くんだ。

この世界は喜びにも悲しみにも満ちているけれど

誰かと分け合えれば意外と生きて行けるんだよ。


こんな小さな身体で

どんなに不出来な身体でも

それでも精一杯に生きていけるんだ。


俺はこの心臓を大切な人に貰ったからこそ

大切なひとを守りながら

苦手だと、生きる意味なんてないんだと

放棄した世界でも


こうやって生きることが出来るんだ』


と、そう少年は呟いた。


もう、片翼を分けた少年少女も

ティアドロップを分けた少女も

この世界にはいないけれど


人の思い出に

生きるエネルギーは宿っていて

悲しい時や辛い時の涙が

いつの日か感動や喜びの涙に変わるのだという


それはきっと間違いではなかったのかも知れない。


きっと世界は悲しみを繰り返して

幸せに気づくのだろう。

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