第27話 素直な思い

 聞き慣れた鈴の音のような声。

小さな呟きだった。


人々の声に掻き消されても

おかしく無いようなほどに酷く静かな声。


それでも、この声には聞き覚えがあった。


 ずっと守りたいと、そう思って

何度も繰り返したけど守ることも

もちろん、取り返すことも出来なかった存在。


病室内で人が騒ぐ中

その雑踏の奥、壁際にひっそりと佇む少女。


普段ポニーテールにしているその長髪をおろした

大人しい雰囲気を醸し出す少女こそ

ずっと追い求めてきた

『セレン』そのものだった。


でも、その姿は少しだけ

背景を写していて

透けて見えるその姿が

もう、彼女が現実の存在ではないことを

容易に感じ取れたんだ。


俺のせいで

死なせてしまった少女。


もう2度と、この手で触れることの叶わない存在。


 それでも、生きて欲しいと願うのであれば


セレンの望みを叶える為に

俺は精一杯生きようと思う。


そんなことを考えながら

セレンの姿を凝視していると


彼女が目を見開いた。


そうして

少しだけ口角を上げて

右手を動かした。


ゆっくりと動くその手は

彼女自身の左胸に到達し


そこで2回胸を叩いた。


そして今度は

目を細め、小首を傾げて微笑んだ。


何かを紡ごうと

口が微かに動いた気がしたけれど


その声が聞こえる間も無く

彼女の姿は見えなくなっていった。


もう、2度と会うことは出来ない。

それでも、不思議と安心感が湧いていた。


ずっと傍にいてくれるような


いつでも見守ってくれているような

そんな気分だった。


 病室という場所には似合わない程の

喧騒が静まってからゆっくりと口を開いた。


「父さん、母さん。

今まで迷惑ばかりかけてごめんなさい。

それでも、俺の傍にいてくれてありがとう」


両親に感謝を。


「クレナさんも、俺に生きる希望を与えてくれて

ありがとうございます」


クレナさんにも感謝を。


「クロウさんは、俺を焚きつけてくれて

ありがとうございました。

きっとあれがなければ

俺はここには帰って来なかったと思います」


クロウさんにも感謝を。


イレギュラーな世界で初めて出会ったにも関わらず

クレナさんの為だと言いながらも

俺の心に寄り添うよに言葉を選んで

その上で、決定権を俺に委ねてくれた。


俺の周りは、優しい人で溢れていたんだ。


それに報いるだけの

力量がないことを言い訳に

その存在を見て見ぬふりをしてきたんだ。


 俺の紡ぐ言葉に

驚き、目を見開いて涙を流す両親。


やはり薄く微笑んだまま

それでも目の端から

一筋の涙を溢すクレナさん。


今まで見たことのない程に

口角を上げて

その隙間から白い歯を覗かせるクロウさん。


そんなみんなを見ていると

クレナさんが一歩ずつ近づいてきた。


「……渡すか、迷ったのだけれど

今の貴方であれば大丈夫だと思うから」


そう言って1冊の手帳をバックから取り出した。


白い羽根を表紙にあしらっていて

ピンクを基調とした掌サイズの手帳。


「これは、生前にセレンが書き留めていたものなの」


受け取ったそれを開くと

日記帳のように

日付とその時の出来事が

彼女の文字で綴られていた。


出会った頃の印象から彼女と過ごした日々が紡がれていた。


「最後のページを読んで欲しいの」


クレナさんの言葉で

俺はページを捲った。

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