第24話 邂逅

「セレンの、心臓……?」


 俺の病気は、薬では治らなくて

ただ生きながらえる為だけに

この狭い世界に閉じ込められていた。


誰かの正常に動く心臓を貰わなければ

みんなのように走り回る事なんて望めなくて


助けのいらない世界なんて想像も出来なかった。


「これが、今の君の姿だよ。

愛した希望を失って

周囲を自分の犠牲にして生きているのが君だよ」


昔から病弱で、病室を出ることが叶わなかった俺が


愛しい存在の監視下になることで

外の世界を知ることが出来た。


でもそれは


確実にセレンの自由を奪っていて


俺が何かをしようとする度に

『セレンを呼ぶから待って』と

そう言われ


その度にセレンは呼びつけられていたんだ。


それでも彼女は俺の前では

不満の一つもの溢さなかった。


「ずっと彼女の人生の一部を貰っていたくせに

その上で心臓まで奪って

そうまでして君は、生きながらえるつもりなのかい」


この少年は、セレンの意思が表れた物なのかと

そう思っていたが

今の言葉で確信した。


これは『俺』だ。


セレンの人生を犠牲にして

そうして外の世界を知った俺なのだ。


彼女の人生を犠牲にした上に

俺は立っているんだと


そうずっと思っていたし

それは間違いではなかった。


「時間と自由を奪うだけでは飽き足らず

その命すらも、貰うんだね」


「そうだよ」


問いかけられた過去の自分の思い


それへの答はもう決まっていた。


セレンの命を犠牲にしても

俺は前に進む。


進まなくちゃ、いけないんだ。


真っ直ぐに見据えた少年の顔は驚きに満ちていた。


目を見開き、それでいて眉間に皺がよる。


「どれだけ傲慢な生き物なんだよ。

他者を蹴落として、犠牲にして

それでも生きたいと願うなんて」


「そう、昔思ったことはあるよ」


少年の言葉を遮って

思いを紡ぐ。


「父さんも、母さんにも迷惑をかけて

その上セレンの人生さえも無駄にさせてしまって

自由に動くことの出来ない俺が

生きている価値なんてないんだと

そう思っていたさ」


紡ぐ思いは本心で

ずっと心の奥に俺が隠していたもので


捨てきれずに、抱えたまま生きてきたもの。


「でも、それでも生きて欲しいと願う人もいるんだよ」


この異常な世界で2人のセレンとクレナさん

クロウさんに出会って

その全員が


俺が元の世界で生きることを望んでくれていた。


こんな、無価値な俺に『生きろ』と


そう言うんだ。


「無価値なお前に、先の視えないお前なんかに

セレンの命を、犠牲にする価値なんて……ないのに」


少し早口になる少年。


怒りか、悲しみか

声が少しだけ震えているのがわかる。


真っ直ぐに見据える少年の瞳から

一筋、涙が溢れ落ちた。


「それでも、俺は。

セレンのために生きるよ」


紡いだ言葉に対して


少年の瞳からは

堰を切ったように涙が溢れ出した。


くしゃくしゃになったその表情は

あまりに滑稽で


泣きじゃくるその姿は

あまりに無力で


死を目の前に

ただ叫ぶ事しか出来無かった自分を思い起こさせる。


だから、この少年を一目見た時から

嫌いだったのだろう。

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