第23話 眠る自分

 見慣れたセレンの顔

でもその造形からは聞き覚えのない少年の声が響く。


「僕が誰かって不思議なんでしょう?」


悪戯が成功した子供のように

口角を吊り上げるそれが

酷く癇に障る。


それが、セレンの顔で紡がれるからなのか


その向こう側に俺が横たわっているのが見えるからなのかは

分からなかった。


俺はここに立っているはずなのに

なぜ目の前でベッドに横たわっているのか

理解が及ばなかった。


「なんで」

「なんで俺が寝てるのかってことだよね?」


俺の疑問を遮って被せてくる質問。


表情が癇に障るだけでなく

喋るだけでも嫌悪感も抱いてしまう程に

出会ったばかりのこの存在を

嫌ってしまっていた。


「その疑問はすぐに解決するよ。

ちゃんとその耳で聞くといい」


そう、呟いてセレンの姿をした少年は

その向こうで眠っている俺を見た。


何も語らない少年を一瞥して

俺は『俺自身』を視線の先に捉えた。


ベッドの上で

機械に繋がれて呼吸をしている俺。


腕にも、首にも

細い管が繋がっている。


昔から、ベッドの上では過ごしていたけれども

こんなにも機械に囲まれて

管に繋がれたことはなかった。


それでも、穏やかに胸が上下する。


口元を覆うそのマスクが

俺の命を繋ぐために必要なのだと

そう理解できる。


「これが、今現在の君だよ」


少年は紡ぎ始めた。


「この繰り返す世界ではなく

君が生きていた世界での、今現在の君の姿だよ」


「君の希望である『セレン』のいない世界だね」


ただ淡々と事実だけを並べる声。


他者に対する配慮も


こちらを心配する素振りもない声色。


それにまた、唇を噛み締める。

なぜだか分からないが

この存在と相対していると

無性に胸はざわつき、頭に血が上る感覚に陥るのだ。


「お前は」

「ほら、ちゃんと会話を聞くべきだよ」


またも俺の言葉は遮られ

気付くと目の前には見慣れた3人の姿があった。


スラっとした高身長の男性と

肩を震わせながら目元をハンカチで押さえている

華奢な色白の小柄な女性


「父さん、母さん……」


どちらかと言えば虚弱体質だった母さんは

俺の病気が発覚して以降

心配な気持ちが先走って

病院に通い詰めてくれていた。


それ故に、その華奢な体は痩せ細り

今にも倒れてしまいそうな程で


その肩に手を回す父もまた

その目元はやや黒く陰っていて

仕事の合間を縫って

会いに来てくれていた事を思い出した。


そしてその横には


高い位置で長髪を一つに纏めた

涼しげな目元の女性


クレナさんだった。


この世界で最初に失った命が

目の前にある。


「本当によかったのか?」


父さんがクレナさんに向かって問いかけていた。


相対したクレナさんは

穏やかに微笑んで


「えぇ、きっとこれがセレンの望みでしたから」


一筋の涙を零した。


「っ……、っ……世界は残酷で、でも貰ったからには

あなたは、生きなくちゃ……」


「そうだな、ウイングはバトンを繋がれたんだ。

……大丈夫。僕らの子は、強い子だよ」


嗚咽を漏らしながら

小さく呟く母さんに対し、父さんは続けた。


「目が覚めて、セレンさんがいなくて

自分の心臓がセレンさんのものだと知っても

悩みながらでも、生きてくれると

……僕はそう思うよ」

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