第22話 時の流れ
それからのことはあまり正確には思い出せなかった。
冷たくなるセレンを前に
確か俺も心臓の発作が出て隣に倒れ込んだような気がする。
誰かが救急車を呼んでくれて
病院に運び込まれて……。
「それから、どうなったんだろう」
考えても、どうにもなりそうになかった。
となると、その場所に行ってみるのが早いかもしれない。
「そういえば、この世界では『病院』に行った事なかったな」
昔は常に病院にいたし
常で無くなった頃からも
週に2回は必ず通っていた。
この繰り返す世界では
発作も起きていないし
そもそも薬も飲んだ記憶がなかった。
「夢だから、か……」
ここで納得ができるとは思っていなかった。
でも、ストンと腑に落ちたんだ。
現実と違いすぎるからこそ
異常だと気づけなかった
いや、異常だとわかってはいたが
『認めたくなかった』のだと。
夢の世界では通うことのなかった病院。
それでも、その場所へ向かう道は
教えてもらわずとも知っていたし
道案内を頼まなくとも
足取りが鈍ることも
もう、心が反対方向へ進もうとすることもなかった。
歩き始めて、15分足らず
俺が通い詰めた総合病院はもう目前に迫っていた。
規則的な間隔で並ぶ植木
その間に散りばめられた様々な色を持つパンジー
正面玄関の真っ正面、周囲の植木やパンジーの中央に位置するのは
この病院のシンボルであるモチノキだ。
入院という日現実の中で過ごした人々が
退院後に今までの時の流れを取り戻せるようにと
願いを込め
そして、サポートしていくという思いなのだと
いつか、誰かが噂していた。
「それでも、俺はこんな非現実に閉じ込められたままで
時の流れなんて戻れも、取り戻すこともできて無いけど……」
力なくつぶやいた言葉は
誰の耳にも止まることはなくて
そのまま、穏やかな風に掻き消された。
少しだけ葉の先が茶色になりかけているモチノキを横目に
病室へと向かう。
生まれてこの方
恐らく自分の家よりもここにいた期間の方が長いだろう。
合計すればその年数は軽く10年を超える。
そんな数字に意味も、誇りもないのだけれど
当時の俺は
そんなに長く住んでいる人はい無いのだと
珍しいということを希少価値だと信じて
病院にいる事を少しだけ喜んでいたようにも思う。
ここにいる間だけは
自分がお荷物でなくて
捨てられるゴミでもなくて
希少価値の高い生き物だと錯覚できるから
だから、ここにずっと居たいと
本気で思っていたのかも知れない。
ここから出て行くときは
もう、自分の人生ではなくて
それが死を意味するものだとわかっていたから
怖かったのもあるんだと思う。
幼心でも
人が死んで逝くことに対して
完璧な理解は出来なくても分かっていたし
もう2度とセレンに会えないことが
1番認めたく無い事実だった。
「結果、死んだのは俺じゃないってことか」
誰もいない病院の中を
足を止めずに目的の場所へ向かう。
その間の呟きは
やはり聞くものなどいなくて
それでも、気づいたら口から溢れでていた。
誰かに、聞いて欲しかったのかも知れない。
自分の思いを
恐怖の根源を
未来に願った事を。
そんなことを考えていたら目的の場所についてた。
『307号室』
ずっと俺が生活していた空間。
ここが俺の青春と呼べる空間で
ここが俺の人生の全てと言っても
過言ではない程に
囚われていた世界だ。
ゆっくりと扉に手を伸ばす。
この先に何が待ち受けるのか
もはや何も残されていないのであれば
どうやってこの世界を終わらせればいいのか
期待と不安が交差する心臓は
少しずつ早くなり
警鐘を鳴らしていた。
閉ざされた重たい扉を開くと
「あ、やっと来たね」
見覚えのある艶やかな黒髪を翻しながらこちらを少女と目が合った。
灰になって消えた少女と同じ造形。
でも、確実にそれは
聞き覚えのないやや少年めいた響きを含んだ声だった。
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