第21話 根源を探す

「っ!!」


 目を開くと

見慣れた部屋の、ベッドの上にいた。


ヒラヒラと揺れるカーテンに

握り締められたシュシュとピアス。


どれも見覚えのあるものばかり。


「あの声は、クレナさんだったはずだ」


最後の記憶に残っている

少しだけ背筋が伸びるような

……少しだけ畏怖を感じる声色。


そうだ。

クレナさんに出会ったあの日から


この繰り返していた世界が変わり始めたんだ。


そして


「あの人が死んだ時の状況が……似ているんだ」


クレナさんを失った時は、酷く動揺して

そこまで気が回らなかったが


今思い出せば、確かに酷似していたんだ。


クレナさんも、セレンも

横断歩道で突き飛ばされて


……そして車に轢かれたんだ。


でも、それだけではないんだと思う。


『根源を思い出すこと』

それがこの世界を抜け出す要因なのだと

クロウさんは話していた。


でも、それを思い出した今

いまだにこの繰り返す世界に囚われている俺は

何か大事なことを忘れているのだろう。


「行ってみるしか、ないよな」


誰も迎えに来ない


呟いても返答のない


片割れを失った世界で俺は


記憶を辿るために

重い足を動かし始めた。


向かう先は1つだけ。


イレギュラーのはじまった


セレンさんを失ったあの交差点だ。


 家を出て、見慣れた通りを抜けて街へ向かう。


時折強く吹く風が、花盛りの桜を散らして

少し甘い花々の匂いを運んでくる。


こんな異常な世界でも

春はちゃんと巡っていて


それは、俺が病室から出られなかった

その頃となんら変わりない様子だった。


変わりがあるとすれば

街行く人が誰もいなくて


隣にいつもいたはずの彼女もいない


という事だろうか。


見慣れたはずの景色の中で


違和感しか抱かない光景を

目の当たりにしている間に


問題の横断歩道に辿り着いた。


「ここ、だな」


 ここでクレナさんはセレンに突き飛ばされた。


確かあの時セレンはこう言ったはずだ。

『邪魔しないで』

『ウイングはまだ、死んじゃダメだよ』と。


その言葉は

今回じゃなくて、以前にも聞いた事があるような気がしていた。


あれは確か……。


 セレンとの2人での帰り道。

学校帰りは2人で帰るのが常だった。


他愛のない話を繰り返して、笑い合いながら帰る。


そんな何気ない日常が

いつまでも続くものだと

続けばいいのにと、そう思っていた。


そして、ちょうど横断歩道が赤に変わり

2人が足を止めた時


『ねぇウイング

私ウイングに言わなきゃならない事があるんだけど』

とセレンが緊張した面持ちで話し始め


斯くいう俺はその話に耳を傾けようとした瞬間


セレンは横断歩道へ突き飛ばされ


俺は歩道側へと強く引っ張られた。


『邪魔するからいけないんだよ』


俺ではなく、セレンに向けて発しているその言葉が

耳にこびりついていたんだ。


そうして彼女は、車に轢かれた。


助けられなかった悔しさか


忘れていた後悔か


唇を強く噛み締めることしかできない俺は

酷くちっぽけな存在だと思った。


 そういえば、クレナさんを助けられなかった時は

俺は泣き叫ぶことしか出来なかった。


でも、セレンの時は……?


誰かに引っ張られた手を振り解いて、そして……?


「俺は、セレンに触れたじゃないか」


右手にじわりと感触が蘇る。


温かかった筈のセレンの頬が少しづつ

それを失っていく体感を。


流れ出る赤い鮮血が

俺の手を染めて行く光景も


まるで、今見て来たかのように

思い出した。


セレンを轢いた車は視線先で横転して


セレンを突き飛ばした人物は捨て台詞を吐いて

足早に去っていた。


その中で

セレンのそばから動けずに

ただその頬に触れたまま

泣きじゃくる俺に


『私ね、ウイングのこと、好きだよ』


と、柔和な笑みを浮かべるセレン。


 その穏やかな微笑みとは裏腹に

温かみを失っていく身体。


握りしめたはずの掌は

力を失い、ただ合わせているだけ。


次第に合わなくなる焦点に


泣きじゃくって歪む視界の中で


それでもセレンは、穏やかに微笑んだままだった。

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