第20話 決意

 目を開くと、セレンが目の前にいた。


「もう、決心はついたのかしら?

あなたの追い求めていた世界のセレンは

あなたが世界を破る事に納得したの?」


その一言で

目の前にいるセレンが


理科室で話したセレンではなく


いつかの夢の中で話た彼女だと気付いた。


『あなたの世界のセレンは嫌がるでしょうけど』


そう確かに言っていた彼女だ。


「セレンが認めてくれたかはわからない。

……でも」


『夢の世界で生きたらいい』というセレンと

『このまま進んでほしい』と願うセレン。


正反対の方向を願う2人の

どちらかが偽物なのではないかとも思えた。


でも、そうじゃない。


どちらも本当にセレンなのだ。


『人間は後悔を抱えて生きる』


その言葉通り

自らの死を受け入れたセレンと

生き続ける意志を持つセレンとが

居ておかしくないのだ。


そして俺も、セレンの死を受け入れられない

1人なのだろう。


だからこそ、こんな夢の世界に

閉じこもっているんだろう。


俺の未熟な思いのせいで


セレンもクレナさんも、クロウさんも巻き込んで


ずっと繰り返しているのだと思った。


「……でもな、俺思い出すよ。

セレンがなんで死んだのか

ちゃんと思い出して、『今』をみんなと生きていきたい」


そう決心を口にした。


それを聞いたセレンは薄く口角を上げて


「うん。幸せな記憶も辛い出来事も

全てがあなたの糧になる。」


スッと白い手が伸びてくる。


頬に触れるそれは


酷く冷たくて


人の温かみを感じるものではなくて


「49回目を迎えたから、私の時間は終わり。

あとは、あなたがちゃんと出口をみつけるだけ」


ピチャ……ピチャッ……


気づくと足元は水で浸っていて


瞬く間にそれは膝に


腰に


首元まで浸すほどに増していった。


「あまり時間はないけれど。きっと見つけて」


頬から手が離れる。


急いで離れた白い手を掴もうと動くが


水に絡め取られて上手く動かせない。


その水は、赤く


その水は、重い。


「あなたは最初に見ているはずだから」


何を?

そう問おうと思うのにうまく言葉を紡げない。


そうしてばたついている間に

セレンの姿が消えていく。


少しずつ、本当に少しずつぼんやりと

霞んで消えていく。


手を振るセレン。


それに呼応するように

さざめく水面


波が押し寄せて

少しずつセレンから離されていく。


それと同時に脈打つ空間。


ドクンッ


ドクンッ


と正確にリズムを刻むそれは

この空間全体を動かしていて


まるで生き物のように蠢き出したんだ。


「あなたが起きなきゃ、意味がないじゃないの」


脈動の中と同時に水嵩が増え

もう、目を開くことも危うい時に


「あなたが起きなきゃ、意味がないじゃないの」


いつか聞いた


凛とした、少し冷たい声。


その昔、畏怖を抱いたはずのその声は


少しだけ震えていた。


『あの時の……』


記憶の片隅で思い出したんだ。


白線の上での出来事を。

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