第17話 夢であれば
「っ!」
息を呑むと同時に視界がひらけた。
見慣れた部屋のカーテン、いつも向かおうとしていた勉強机
「っはぁ……はぁ……」
荒い息を落ち着かせるために
少しづつ大きく息を吸ってみる。
夢から、異常な夢の世界に戻ってきたんだ。
頬を少しだけ冷たい風が撫でていく
カーテンが少しだけ揺らめく
仄暗い、その中でも少しだけ光が差し込んでいる。
「朝、か?」
それが朝なのか、夜中なのか
判別出来なかった。
確認したい気持ちに駆られて
カーテンを捲る為俺はベッドから離れた。
真っ直ぐにカーテンへ向かう
向かっていたはずだったのに
足が止まった。
正確には
誰かに引き止められたのだ。
右手首にひんやりとした感覚がある。
ぎゅっと握られた手首は、少しだけ痛みを感じていた。
『この部屋には誰もいなかったはずだ』
そう思い返して、必死に考える。
「ねぇ、ウイングは外の世界に行ってしまうの?」
「籠の鳥は、扉が開いていたら外へ出て行ってしまうのもね」
「だからきっと、ウイングも旅立つんでしょう?」
セレンの声が響く。
聞き馴染んだ、大切な存在の声を聞き間違うはずがない。
あの鈴の音のような、聞き惚れてしまう声。
心の波を沈めてくれる穏やかな声量。
唯一心に、俺の世界に色をつけてくれて
外との関わりを教えてくれた人の声だ。
「もう、決めなくちゃだもんね。もうそこがしじゅうくだものね」
ボソッと呟いた言葉は聞き取りづらく
最後の言葉は意味がわからなかった。
でも、その言葉を発した瞬間に
俺の右手からは冷たい感覚が遠のき
痛みを感じていたはずの箇所は
もう、何も感じなかった。
振り向いても、誰もいない。
最初から、何も無かったかのように
ただ涼やかな風が通りぬけるだけだった。
部屋は静まり返り
起きた瞬間と同じように
カーテンが風で揺れていたんだ。
それからというもの
時間を確認すると針は4時を指していた。
ベッドに戻ってみても寝付く事は出来なくて
眠気もこないからと
外を散歩する事を決めた。
少し肌寒いので一枚だけ上着を羽織る。
その昔、セレンが似合うと褒めてくれた
2人で選んで買った浅葱色の上着。
外に出ると部屋と同じように
街も静まりかえっていた。
家の電気は全て消えており
街灯しか灯っていない
鳥の鳴き声も
虫のさざめきも聞こえない静寂の包む世界。
まるで、世界に自分1人しかいないのかと
錯覚する程に世界は静まりかえっていた。
セレンと買い物に来た八百屋も
セレンと会話を楽しんだカフェも
俺がずっと縛られていた病院も
思い出はあるのに、誰もいない
存在しているはずなのに
ここには外観だけで中身が無い。
そう感じて、寂しさを覚えた。
散歩といっても特に向かう先など無くて
思い付きで歩いていると学校前の桜並木に来ていた。
……クロウさんはいるだろうか。
昨日、もし生きていればここで会えるだろうと
彼は言っていた。
セレンに存在を認識されたイレギュラーは
存在を抹消される。
それを目の当たりにするのが怖かった。
今でも、事実だと認めたくない思いは
心の底に潜んでいて
それでも
事実を確認しないと
前にも、後ろにも動けないのだと
自分に言い聞かせた。
そうやって俺は
硬く閉ざされていた学校の門を飛び越えた。
昨日クロウさんと話した理科室へ向かう。
けれども、そこには誰もいなくて
クロウさんを呼んでも
一切の返事はなかった。
「もう、いないのかな」
溢れでた言葉は
空虚に吸い込まれる。
昨日も同じような‘状況だった。
辿り着いた理科室で
でも、そこには誰もいなくて悔しが滲んで
口から溢れたのはこの世界への恨言
行く宛のなかった
自分の抱えていた思い
それを吐露した瞬間に
クロウさんは現れた。
あの時、クロウさんは確か……
クロウさんが立っていたはずの場所を確認しに
入り口から右手側
黒板のその先に近づいた。
恐らく仕切られていたであろう空間が奥にあり
その手前には扉が付いていたと思われる鈍色の枠だけがあった。
『理科準備室』
自身の鼓動が脳内まで直接響くような
鼓動が早まって、胸が締め付けられるような
感覚に苛まれながら
俺は一歩踏み入った。
そして
その瞬間鼻で感じたものは
眉間に皺が寄るほどの焼け焦げた臭い
目で捉えたものは
白い灰
そしてその灰の頂点で輝く
1個の白黒のピアスだった。
これがセレンに見つかった者の
イレギュラーと判断された者たちの
末路だというのだろうか。
「はっ……ぁっ、嘘、だろう?」
涙が溢れ出した。
話をいくら聞いても
真実だと認めたくなかった。
でも、これは確かに『死』だと
そう確信した。
繰り返す夢であればどんなに幸せなのだろうかと
今訪れている
この死が
全て夢であればいいのに
そんな叶わない夢を
吐き出せない思いの
代わりか
涙は止まらなかった。
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