第18話 選択の時

 どれだけの時間ここで立ち尽くしていたのだろうか。


溢れ出ていた涙が枯れた頃

ようやく俺は体を動かせた。


目の前の光景は

何一つとして変わっていないのだけれど

それでも


ここで立ち止まってはいけないと


この命を終わらせてはいけないと


背中を押してくれる人達がいた。


床に積もった灰を一瞥した時


その灰の中に封筒がある事に気付いた。


 真っ白な封筒へ手を伸ばす。

指先に触れた灰は熱を持たず

手にもつかない。


ただの砂のような感触だ。


灰を払い

手に取った封筒を確認する。


宛名のない

真っ白な封筒。


封もされていない状態だった。


中を見ると

1枚だけ紙が入っていた。


『ウイングへ』


昨日見た手紙と同じ字体であることがすぐに理解できた。


これは間違いなくクロウさんの字であり


クロウさんからの手紙で


この灰も

クロウさんのもので相違ないという事だ。


『直接渡せれば一番いいんだけど

きっとセレンに存在を認知された俺は

もうお前に会う事は出来ないだろう。


だからせめて、手紙を書いておこうと思う。

上手く、お前が見つけてくれると良いけど。


この世界については話した通り

繰り返している原因をお前が思い出す必要がある。


根源はなんなのか


セレンがそれを認識しているのか

繰り返していることを理解しているのか

そもそも、あのセレンは本当に

俺たちの知っているセレンなのかを

確かめる必要があるんだ。


もし、心が決まったのなら

思うままに行動しろ。


別にどちらを選んだところで

俺はどうでもいいからな。


人は後悔する生き物だ。

それは変わらない。


でも、自分で選んだ後悔なら

抱えても生きていける。


それを抱えて生きるのは

誰でもない、お前自身なんだから。


さっきは捲し立てるような言い方をして悪かった。


口調がきついのは直すべきことだと

理解はしてるが、なかなか直らないんだ。


欠点の多い俺を認めてくれたクレナ


そのクレナが認めていたお前のこと


別に嫌っているつもりも

敵視しているつもりもない


もし、また出会えたら

今度は少し趣向を変えた話でもしてみたいものだ。』


手紙はそこで終わっていた。


クレナさんもクロウさんも


きっと分かっていたのだろう


俺に会うことが自分の命を削る、いや消してしまう行為だと


認識した上で、俺に伝えようとしてくれていたのだろう。


『死なない人間などいない』という真実で


俺がずっと目を背けていたことだ。


 人の命は1度きりだ

そんなこと今更言われなくたって

わかっていたつもりだった。


やり直しのきかない

取り返しのつかない分岐点の繰り返し


セーブもロードも

ニューゲームもコンティニューも出来ない


それが人生なのだと

理解していたはずだった。


後悔を繰り返して

それでも、心を捨てずに生きるのが人間なのだと


後悔を抱えながら生きのだと彼は言った。


 そもそも俺は

生まれ持ったステータスに

病弱さが入っていた時点で負け組で


他者からの羨望を持っていたクレナさんは勝ち組で


それには劣るが同様のものを持つセレンも

また俺とは正反対の人生勝ち組と呼ばれる部類だと

心のどこかで思っていた。


どんなに足掻いても手に入らない

手を伸ばすほどに空を掴む

憧れが千里先から近づかない


2人は

覆すことの出来ない事象そのものだった


救いのない人生なのだと信じ

それに抗うなど、不毛だと

そう心に言い聞かせていたんだ。


 そうでもしないと


長く生きれない俺が

セレンの隣にいること自体が

許されない罪のようで


周りを巻き込んで

犠牲を払わせてばかりで


ただのお荷物

いや、きっと廃棄物


いつか必ず捨てられる日が来るのだと


そう思えば、セレンと過ごす日々が

少しだけ楽になったんだ。


でもそれは、誰からの好意も

期待も、信頼も得ない


たった1人の世界と何ら変わらない

昔の俺であれば、こんな夢の世界でも

よかったのだろう。


でも、本当に1人であったなら


誰かを失うことも

誰かに恋焦がれることもなかった。


それでも俺は恋をして

畏怖の感情を抱いてみたり

涙を流せる程に哀悼を示せる人たちに

イレギュラーな世界で出会っている。


いや、元々周りにいてくれたのに

認めようとしなかっただけだ。


「俺は、1人じゃなかったんだな」


「ずっと、支えられていたんだよな」


足掻いても手に入らないものを望んで

生に心の底では誰よりも生に執着していたんだろう。


だから、セレンが死なないこの世界に安堵していたのかも知れない。


ここなら、永久にセレンと一緒に過ごせるから。


遅かれ早かれ終わりを告げる人生の中では

成し得ない『永遠』の日々。


「ここなら、一緒にいれるんだ」


「そうだよ。だから一緒に居ようよ」


背後から、また声が響いた。


「邪魔な人たちはもういないはずだから2人でずっといよう?」


穏やかな、それでいて冷ややかな声色が

静かに耳を侵蝕する。


きっと、この世界には

もうセレンと俺以外誰もいないのだろう。


終わりを繰り返す終焉の世界。


こんな世界で生きるのも


セレンと生きれるのなら


それでもいいのかも知れない。

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