第15話 自覚する思い
クロウさんは、この世界について話し始めた
この世界は、やはりセレンを中心に回っている
そしてその中心には俺も含まれているそうだ。
セレンの死を起点にはじまっている世界は
その死の原因を思い出し、認める事で抜け出せるはずだと言うこと。
クロウさん自身はセレンの死の真相を知っているようだったが
直接的な要因は口に出せないらしい。
「クレナの親父さんは、それを話した事で俺たちの目の前で溶けていったよ」
唇を噛み締めながら話す様子を見て
きっとそれが比喩ではないのだろうと思った。
俺が死の真相を知ること
それが唯一この世界を終わらせる方法なのだと
クロウさんは語った。
けれども、それと同時に
この世界を終わらせれば
セレンの姿を見ることは叶わないだろうとも続けた。
クロウさんが言うには
言ってしまえばここは夢で
現実ではない。
ここで死んていったクレナさんや
溶けたというクレナさんのお父さんも
ここに存在していない他の人間たちは
繰り返さない世界、つまりは現実で生きているはずなのだと。
たけど
ここはセレンを死なせない為に作られらた世界だから
俺が納得して真相を見つけてしまえば
現実に戻ってしまえば
時が進んでしまうと言うことは
セレンの死に直結するのだと話してくれた。
少しだけ、言葉に詰まったクロウさんは
俺から目線を逸らしながら続けた。
「酷な事を言っているのはわかっている。
俺自身がその立場なら、きっと……選べはしないだろう」
クレナさんと正反対だと語った彼も
きっと心根は優しい人なんだろう。
この世界の状況を自分に置き代えて
想像し、判断して
その上で苦痛を理解した上で、
それでも、誰かの願いを預かっているからこそ
この話をしてくれているのだろう。
「……俺から言えるのはここまでだ。
明日には俺もいなくなるだろう。
この世界はセレンとお前の均衡を保つ為に
不必要な存在を消していく。
この世界はイレギュラーを認めない、排除する為に動いている節がある」
どう言う意味なのか
いや、言葉通りの意味なのかも知れないが
理解は追いつかない。
「お前自身が『自分で選ぶ道』であれば
俺たちは構わない」
何も返せない俺は
ただそこに立ち竦むだけで
拳を強く握ることしか出来なかった。
それでもクロウさんは急かしはしなかった。
ただ穏やかに、こちらの気持ちを考えてくれているのがわかる程に
優しく、丁寧に話してくれた。
見た目からは想像できない優しい心。
口調とは裏腹に繊細な語義を感じさせる言葉選び。
「まぁ、また明日。
生きていたらここで会おう?」
そう言ってこの話は切り上げられた。
少し重たい足取りで帰路についた俺は
真っ直ぐ帰る気にならず
かといって行く当てもない状況で
ただぼーっと学校前の桜並木を眺めていた。
ここにさして思い入れはない。
けれど、セレンが『桜は好きだ』と話していた。
『誰のものにも染まらず、その前に自ら散っていく』
『純潔を守るその生き様が好きなのだ』と。
ここはセレンが望んだ世界なのだろうか。
何度も死を繰り返す
生を紡ぐ事の出来ない世界は、やはり異常なのだろう。
それでも、きっと
生きていて欲しいとそう心から願ってしまう。
忘れたくないのだと
失いたくないのだと
彼女の死を認めたくないのだと
きっと俺は思ってしまうのだろう。
クロウさんが言ったように
どちらを選んだとしても
後悔は付き纏う。
セレンを見捨てて現実に生きるのか
クレナさん達の思いを無視して夢に残るか
どちらでも
幸せだけではない。
辛いことも
絶望することだってあるだろう。
そんな事は理解しているつもりだ。
理解はしているのに
感情はいつまで経っても追いついて来ない。
俺がただ未熟な所為なのか
未熟以外に何か要因があって欲しいと
願うばかりで解決には至らない。
きっとこれが現実に生きると言うことなのだろうか。
スッと心地良い春風が通る。
考えすぎて熱を持った頭を少しだけ冷ましてくれる
心地のいい温度を含んだ風が吹き抜け
そして桜散らしていく。
クレナさんもクロウさんも
俺が現実で生きる事を望んでいるのだろう。
けれど、セレンは?
セレンはどちらを望んでいるのだろうか。
ここであればずっと一緒にいられるのではないだろうか
セレンの永久的な死を繰り返す代わりに
セレンとの日常を繋ぎ止めることが出来るのではないだろうか。
「やっと見つけた」
聴き慣れた、鈴の音のような声。
声のした方向へ振り向くと
丁度学校の方向からセレンが歩いてきた。
「探したんだよ?クロウさんとお話しできた?」
普段通りの優しい口調で
小首を傾げて口角を少しだけ持ち上げている。
「俺は、認めて向き合いたい。
セレンは、どうしたいと思ってる?」
咄嗟に口から漏れ出た言葉。
言うつもりは無かった言葉。
まだ決めていないと思っていた決意が口から零れ落ちた。
聞きたいとは思っていたが
いつもであれば絶対に聞く事なんて出来なかったのに。
自分の意見なんて誰も求めていない
聞いても困らせる事は聞かない
迷惑ばかりかけて生きながらえてきた俺が
自分の心を守るために
これ以上の迷惑をかけない為に
幼いながらに覚えた事だった。
「……、そう。私は、ウイングの決めた道を進んで欲しいかな」
セレンは一瞬だけ目を見開いた。
「とりあえず、今日は一緒に帰ろう?晩御飯はカレーだよ」
そう言って右手を取られ足早に歩き始めた。
まとまらないと思っていた頭でも
心の奥ではすでに結論は出ていたんだと
そう自覚して帰路についた。
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