第14話 昔話
「俺は……」
紡ごうと口を開くが
揺らぎやすい決意ではその先を紡ぐことが出来ない。
どちらを選択してもセレンを失う。
そう告られて
では、俺が今まで決意してきた『セレンを救う』という
思いは全て無駄だったという事なのだろうか。
無駄な決意のせいで、何度もセレンを失って
それにクレナさんも、クロウさんも巻き込んできたのだろうか。
そう思うと
どうしようもない脱力感と
虚無感に苛まれた。
「……ウイング。クレナはお前に生きていて欲しいそうだ。
どの道を選んでも、セレンを失ってしまう事は変わらない。
この世界に留まり続けるのであれば、失ってもまた出会うことは可能だろう。
でもそれは」
「生きてる、とは言えない。……そういう事ですか」
クロウさんが諭すように話してくれた言葉を遮った。
正直、他人にそんな事を言われなくても
当の昔に判っていた。
異常なこの世界で
何度目の前で失っても
次の日には目の前に現れる幼馴染。
それが到底世界に定められた摂理ではないこと
人智の及ばない『何か』である事など。
それでも、認めたくなかったのだ。
人生の終わりが見えている自分よりも先に
人生を謳歌し始めたばかりの
大切な人を失うなんて事
そんな馬鹿げたことがあるわけが無いと
そう、信じていたかったのだ。
「そんなこと、わかってますよ」
事象の理解は出来ても
感情は追いついてこない。
「……少し、昔話をしようか」
そう言ってクロウさんは視線を外した。
また、ピアスを触りながら
先程までの不敵な笑みではなく
少しはにかんで、照れ臭そうな表情を浮かべながら
ポツリ、ポツリと呟き出した。
クロウさんととクレナさんの出会いは幼稚園
その入園式で出会ったのだという。
当時からやや大人びていたクレナさんを
クロウさん自身は苦手意識を持っていたのだという。
年齢には不釣り合いなほど蓋世不抜だったというクレナさんと
人一倍警戒心が強く、誰とも関わろうとしなかったクロウさん
対照的な2人であり
後にまさか恋人になろうとは思いもしなかったのだという。
クロウさんはクレナさんに対して
『憧れ』はあったものの
小学生になってからは
どちらかといえば『疑心』が優っていたのだという。
非の打ち所の無い人間なんて存在しない。
親、兄弟でさえどこかしらに欠点が存在しているのに
自分と同い年の、未だ1人で生きて行く術など持たないような
そんな未熟な存在なはずなのに
周囲から全幅の信頼を得て
意見をまとめ上げ、大人でさえも納得させる口上。
そんな人間がいる筈がないと、そう本気で思ったのだという。
けれども時が進むにつれて
クレナさんの欠点と言えるものを発見したのだという。
それは『異常な好奇心』だったのだと
クロウさんは嬉しそうに語った。
正反対であるが故に
クレナさんはクロウさんに興味を持った。
周囲の全てが自分へ執着しているのがわかっているからこそ
自分へ関心を向けないクロウさんが不思議でしょうがなかったのだという。
『なんで君は私に寄ってこないの?」
そう問い掛けられてクロウさんは呆気に取られたそうだ。
「どれだけ自分に自信があんのかと不思議だったよ」
そう話すクロウさんは笑っていた。
嘲笑ではなく、ただ優しく愛おしそうに。
誰とも関わらずに文字通り世界の端っこで生きてきたクロウさんにとって
初めての自身に興味を持った邂逅者であり
その心うちを話せる理解者だったのだという。
最初で最後の友人であり恋人なのだと。
自分に出来ないことを素直に褒め合い
そこから吸収し合える関係性
どうやって恋人に発展したのかは教えてもらえなかった。
しつこく聞いて見ても
「うるせぇ!ガキには話すことじゃねぇ」
そう言って視線をずらされてしまった。
それでもピアスに触れたままということが
関連性を表しているような気もするが。
思い出話を聞いているうちに
少しだけ心が落ち着いてきた。
『早く決めなきゃいけない』
『全て無駄だったのか』
と焦って、上手く働かなかった頭が冷静さを取り戻してきた。
「ちょっと落ち着いたか?
……すまんな、俺が捲し立てるように話すから」
「お前にとってセレンが大切なように、俺にとってはクレナが全てだったんだ。
現実でないとわかっていても、クレナを失ったことで
焦ってしまっていたんだ。すまん」
右手で頭を掻きながらクロウさんは続けた。
「きっと俺は明日にはいなくなるだろう。
だから、お前の決意が決まってないとしても
わかる範囲で伝えておきたい」
真っ直ぐに視線が合う。
逸らされない瞳は少しだけ恐怖を感じてしまうが
先程聞いた思い出話のおかげだろうか
今は、クロウさんに対する恐怖が少しだけ和らいでいた。
「聞いた後で、もしお前の心が変わっても変わらなくても
それはどちらでもいい。
そこは自分が納得できる道を選んで欲しいと俺は思う。
選択の連続が人生だとは言うけど
人間なんて生き物は強欲だからな
どちらを選んでもきっと後悔はするんだよ。
だから、せめて納得した後悔を選んでくれ」
恐怖も敵意も
畏怖も感じさせないゆっくりとした口調で紡がれる言葉。
早口で語られないそれは
きっとクロウさんなりの優しさなのだろう。
「……、わかりました。教えてください」
迷って、それでも今すぐに答えを出す必要がないのであれば
聞いてから考えるのが賢明なのだろう。
そう納得した。
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