第13話 迫られる決断
すぐに答えは出そうにない。
どうすれば良いのかなんて分からない。
「2、3日は待ってやる。
ただ、それ以上は俺がこの世界に入れる保証は無い。
……今日のこの行動で、俺の存在もバレてしまっているだろうしな」
ぽつりとそう呟いた。
「バレてるって……?」
クロウさんの言葉を繰り返して意味を問い直そうと思った瞬間
プルルッ プルルルッ
2人きりの静寂を破る音がした。
「出た方がいいんじゃないか?」
プルルッ プルルルッ
動けない俺と鳴り続ける携帯
細められた瞳が
俺に敵意を向けていた瞳が逸らされた。
「お前にとっては、大事な人なんだろ」
そう言ってクロウさんは俺に背を向けた。
そしてまた左耳のピアスに触れる。
とても大切そうに、壊さないように丁寧に。
視線が外れたおかげで俺は
鳴り続ける携帯に手を伸ばした。
表示された画面には『セレン』の文字が浮かんでいる。
俺の大切な、とても愛しく思っている存在。
それと同時に、今は少しだけ恐怖も感じている。
無言で待つクロウさんに
少しだけ背中を押されたようなそんな感覚になった。
『大事な人』
そうだ。
俺にってセレンは、何物にも代え難い
絶対に失いたくない存在なのだ。
得体の知れない恐怖に呑み込まれるわけにはいかないのだ。
きっと、クロウさんにとってのクレナさんも
何物にも代え難い存在。
そうだったのだろう。
意を決して俺は電話に出た。
「あ、やっと出た。ウイング?今どこにいるの?」
普段と変わらないセレンの声。
甲高い、鈴の音が響くような声。
「……散歩、してるんだ」
咄嗟にクロウさんの事を伝えるのはやめた。
なぜだか言ってはいけないような
何かに憚られるような
いや、何に対してそんな感情を抱いたのかわからないが
そう感じたのだ。
「散歩?体調は大丈夫なの?」
いつもと変わらない。
俺を心の底から心配してくれているかのような
優しい声色。
「……うん。大丈夫だよ」
そんなセレンに嘘をついているのだと思うと
少しだけ罪悪感が生まれた。
けれど
「ねぇ、そこ。誰かいるでしょう?」
優しい声色はすぐに冷たくなり
油断しきっていた俺の心を震え上がらせた。
クロウさんは一言も発していないし
教室の端同士にいるのだから
万が一にも音が入るはずはない。
なのに何故
「いるとしたら……。あ、姉様の彼氏さんかな?」
なぞなぞの答えがわかった子供のように
電話越しでも、セレンが上機嫌な様子がわかる程に
その声は弾んでいた。
「ねぇ、ウイング。クロウさんでしょう?変わって?」
まるで数年ぶりに会う親友のように
大好きだった犬を愛でるように
優しい声色に戻ってセレンは続ける。
俺が答えていない事など意に介さないように。
斯く言う俺は
立ち尽くしたまま、クロウさんを見ていた。
「……はぁ」
言葉を発さない俺をクロウさんは一瞥して
盛大にため息をついた。
ゆっくりこちらに歩いてくるクロウさん。
その間も携帯からは
「あと残ってるのクロウさんくらいだと思ったんだけど
違う?正解でしょう?」
そう、セレンの声が聞こえている。
「俺がいるってバレたんだろ?貸せよ」
しなやかな右手が真っ直ぐに伸びてくる。
やはり男性という性別には不釣り合いな程
細く艶やかで、白く美しい手。
「ほら、早くクロウさんに代わってよ」
「ほら、早く貸せ。俺が話してやるよ」
2人の声が重なって
頭が真っ白になるというのはこういう事かと
ストンと腑に落ちた。
そして、それと同時に
俺の手から携帯が滑り落ちた。
「っと!あぶっねぇなぁ」
それは地面に落ちる寸前
しなやかに指に絡め取られ
硬い地面に打ち付けられる事はなくて
俺の手にすっぽりと収まる7インチ近いサイズの携帯は
その手には少し大きいようで
大事そうに両手で持つ仕草が
やはり『男性』として認識するには愛らしさが勝っているように感じる。
携帯は
クロウさんの手元で
通話はつながったままで
クロウさんは少しだけ口角を上げて
不敵に微笑んだ。
『大丈夫だ』と声が聞こえた気がした。
「もしもし、お前本当にセレンだろうな?」
「あ?俺?推察通りクロウだ。まともに会ったのはいつ振りだろうな」
クロウさんは淡々と話している。
セレンは何を話しているのだろうか。
携帯を手放してしまった俺には
なんの情報もなくて
時間が過ぎるのを
ただ俯いて待っていた。
待っているだけという時間はすごく長い。
永劫このままではないのかと
俺だけを置いて世界が止まっているのではないかと
感じる程に進まないものだと感じてしまう。
「まぁ、気をつけな。お前も、俺も。どうしようもない事はあるんだよ」
そう言ってクロウさんは通話を切ったようだ。
手渡された携帯の画面には
『3分24秒』と通話時間が表記されていた。
永劫続くと思った時間は
たったの3分程度だったのだ。
「ウイング。悪いが2、3日の猶予がなくなった。
今すぐここで決めてくれ。」
細められた瞳で真っ直ぐに見つめられる。
先程までの憎悪も敵意で感じない
ただ純粋にこちらを見つめる瞳。
「お前がこの世界を抜け出すには真実を見つける必要がある。
でも、それには代償を伴う。
……きっとセレンを最後にまた失うことになるだろう。
それでも元の、繰り返さない世界に生きたいと、そう思うか?
この機会を逃せばきっと、もう2度と抜け出す機会は訪れない」
クロウさんは瞳を逸らさずに言葉を紡いだ。
そして
俺が口を開くのを待ってくれている。
俺は……。
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