第12話 新たな出会い
学校へとたどり着いたものの
校内をどんなに探しても人1人としていない。
クロウさんの容姿を知らない俺が
その人を探すのも困難だけれど
そもそもこの学校に1人も人がいないのだ。
俺以外に、何も存在しない学校。
生徒が和気藹々と過ごす教室も
次の授業の準備をする職員室も
怪我を負った生徒が来る保健室も
部活動で賑わう体育館も、校庭も
どこにも、誰もいないのだ。
学校内は全て探した。
けれどもどこにもいない。
「あの手紙自体が間違いだったとか、そう言うことか?」
そう感じた。
きっと縦読みしろと思ったあの『Length』の文字も
何かの勘違いだったのだろう。
そう思いながら、俺はまた手紙を開いた。
それでも、やはり内容は変わらないだろう。
何度見直しても、同じ文章が目に入るだけ
……そのはずだった。
手紙を封筒から取り出す瞬間
内側に黒いインクが見えた気がした。
一気に焦燥に駆られる。
手紙を取り出して、空の封筒を覗く。
そこには確かに黒いインクで文字らしきものが書かれていた。
綺麗に糊付けされた封筒を
文字の部分は裂けないように乱雑に破く。
ビリッビリリリリッ
引き裂いて、平面になったそれをもう1度目の前に持ってくる。
『りんねが絶たれないうちに
かのうせいを消さないうちに
しととなりあわせの世界で
つのるおもいをつたえておけ』
しととなりあわせの世界
それの言葉が意味するのは
このセレンの死を繰り返す世界なのだろうか。
またしても、書いてある事の意味は理解出来ない。
焦燥に駆られた心では
きっとまともな理解など出来やしないのだ。
だからこそ、早くクロウさんに会わなければ。
この焦燥の行き着く先が
この世界の終着点がどこなのか
なぜ、俺がこんな世界に囚われているのかを
教えてもらわなければならないのだ。
先程と同じように縦に読んでみると
「り、か、し、つ……理科室?」
そう気づいた途端、俺は全速力で走った。
東西に伸びる校舎の1階
東の端に理科室がある。
走って、息切れもしている俺の目の前には
開け放たれた理科室の扉。
扉をくぐり、教室内を見回す
けれど
誰の姿もそこにはいなかった。
俯いて、手に力がこもる。
「……何が、違うんだよ」
口から漏れ出たのは悔しさ故
「俺が、何したって言うんだよ」
責められる覚えのない言葉に、疲弊した心の声。
それは、今回だけの事ではなくて
昔から、俺の体が弱いが故に
母は父から責められ、幼馴染は周囲の大人に責任を転嫁されてきた。
『お前のせいであの子はこんな体に』と
責められた母の感情の矛先は向かう場所もなかった。
『同じ歳なんだし、面倒を見てあげなさい』と
責任を転嫁された幼馴染は俺という存在に固執するようになっていた。
「はぁ、何か思い出せたのか?」
「……っ!?」
誰もいないと思っていた教室で
思い耽っていた頭の中に
声が響く。
すぐさま顔を上げて教室の中を見回す。
すると
視界の端に黒い影が映った。
「俺はクロウ。……一応、初対面だよな?」
俺より頭2個ほど高い身長で長い前髪で片目を覆い隠した青年が立っていた。
少し切長の目の中に怠惰そうな光を灯さない瞳
男性という性別には似合わない、しなやかな細い指
全体的に痩せぎすで
クレナさんの恋人と考えるには『頼りない』
そう感じる人だった。
「……はぁ、お前の言いたい事は大体わかってる。当ててやろうか?」
溜息と少し自嘲が混じった笑いを浮かべながら
クロウさんは続けた。
「クレナの恋人と思うには不適切だとか、女みたいだなとか
思ってるんだろう」
脳裏に浮かんだ思いを当てられて
正直なところ頭が真っ白になった。
「お前が思うようなことは、今まで散々言われてきたからな。
……俺が一番『不適切だ』と思ってるさ」
クロウさんが左手で左耳を触る。
少しだけ太陽光を反射したそれは
白黒のピアスだった。
片耳だけの、ピアス。
「……お前にはこの世界について知る責任がある。
でも、お前がこの世界を抜け出す気がないのであれば
俺はお前に教えるつもりはない。」
「いくらクレナがお前に生きていて欲しいと願ったとしても
俺は、セレンとこのままが良いと思っている奴に教える気はない」
好意は一切無くて
明らかな敵意だけを感じる暗い瞳。
まるで鬱憤を晴らすかのような捲し立てられ方に
俺は恐怖よりも先に嫌悪感を抱いた。
「俺が、何したって言うんだよ
あんたはクレナさんが死んだのが俺のせいだって言うのかよ!」
あれはセレンが、突き飛ばしたんだ。
「セレンが死んで行くのを何度も見て、こんな世界に嫌気が差してるのに
それでもまだ、俺が大切な人達を失っても良いと思ってるとか言いたいのかよ!」
俺は、もう誰かを失いたくなんて無いのに。
視界がぼやける。
鼻を啜る音が響く。
頬に一筋、落ちていく。
そこで漸く、自分が泣いていることに気が付いた。
「っ!」
『見られたくない』『恥ずかしい』
そう感じて、袖で涙を拭い、目を擦った。
「……お前は、クレナを殺していないとそう思っているのか」
泣いたことには一言も触れず
クロウさんは続ける。
「多分『手を下したのは俺じゃない』とか思ってんだろうな」
目を見開く俺に、細められた不敵な瞳で問いかける。
「お前の正義はただ殺された友人を見て『泣き叫ぶ』事だけか?
犯人がそばに居るのに、誰かも特定できているのに何もせず
ただ傍観しているお前には何の罪の意識もないのか?」
「正義なんてものは時と場合、その人の考え方によっても変化する。
普遍ではあるが不変ではない。……意味、わかるか?」
少し小馬鹿にされているような気分だ。
小首を傾げながら、駄々を捏ねている子供を諭すようにクロウさんは続けた。
「お前にとって、お前自身は正義かもしれない。
でも、俺にとってはクレナを殺したセレンも
クレナを助けなかったお前も等しく同罪で、憎悪の対象なんだよ」
「だから俺はお前を助けるつもりはない。
……さて、お前はどうしたい?」
不敵に細められた瞳は動かない。
俺は、どうするべきなんだろうか。
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