第11話 手紙

 机の上に置いていた匂い袋を手にとる。

もう何年も前のものだから匂いなんて微かにも感じない。


それでもこの袋だから、俺は

今まで外に出て、生活できて来たのだと思う。


いつも通り匂い袋を握って胸に当てる。


この動作で、焦燥に駆られていた心が落ち着いていく。


「……たった、これだけのものなのに。不思議だな」


ふっと口角が緩むのが分かった。


セレンの死が繰り返される世界になる前の

穏やかな世界の記憶が蘇る。


「……ん?」


もう1度手紙を見ると

左の隅に小さな文字がある事に気づいた。


『Length』


意味は確か……縦。


「たて……?」


そういえば、この手紙は全部平仮名だった。


『がんばることをやめたきみが

 ついにかのじょをみすてたきみが

 このままでいいとおもうきみが

 うすらぐことのないぎねんをいだくきみが

 へつらったそのいつわりのかめんでも

 このせかいをかえたいとねがうのなら

 いのちをかけることができるのなら。』


縦読みを意図するものであるとするならば……


『がつこうへこい』


『学校へ来い』


「クロウさんは、学校にいるのか……?」


でもそれなら、なんでこんな面倒な手紙を送ってきたのか


「分からない事を考えても、しょうがないか」


とりあえず今わかっているのはクロウさんが学校にいるかもしれないといことだ。


「……他に手掛かりもないし。行ってみるか」


まだ少し肌寒い春の日


薄手の上着を1枚羽織って、俺は学校へ向かった。



 家から学校へは、歩いて15分程度だ。

世界がセレンの死を繰り返す前、月日を重ねて行けていた頃は

ここをセレンと歩いていた。


ただ登下校を一緒にするだけ。

本当にそれだけだった。


 本当は、一緒に登下校なんて気恥ずかしくて

何度もやめて欲しいと伝えたのだけれど

聞き入れては貰えなかった。


『私はウイングと一緒がいいから行くの!』


『ウイングが無理しないか心配とか、みんなに頼まれたからとか

そういうのもあるけれど、本心はそこだよ』


少し頬を膨らませながら、そう言われたこともあった。


昔を思い出すといつもふっと口角が緩む。

気付けばいつでもそばにいて

俺を励まして、支えてくれていた存在。


なぜ、ここにセレンはいないのだろうか。


この繰り返す世界でもずっと傍にいてくれたんだ。


なのに、イレギュラーな事が起こり始めてからというもの


傍にいない事が増えた。


「……まさか、いないからイレギュラーが起こるのか?」


そういえば、最初のイレギュラーはクレナさんだった。


セレンが俺のそばから離れて

店に入った時に声を掛けられた。


でもそのイレギュラーだったクレナさんは

セレンの手によって

その命を失った。


そしてセレンの記憶からも

この世界の記録物からも姿を消したのだ。


この手紙も、セレンがいないから届いたのだろうか。


もしクロウさんが、クレナさんの死について知っているのであれば

セレンを避けようとするはずだ。

というより、直接手を下したのはセレンであって

俺ではない。


俺に恨言を言うのは、筋違いではないだろうか。


「なんで、俺なんだ」


そう呟いた所で丁度学校の門にたどり着いた。


まだ日付上は春休みなはずだが

門が空いている。


けれども校庭には誰1人いない。


普段であれば確か

サッカー部と野球部が今日はどちらがメインで使うのかと

口論していたはずの校庭は静まりかえっている。


校舎からはその喧騒に負けないほどの音量で

吹奏楽部の管楽器の音が響いていたようにも思う。


どちらも、何も

人の存在全てが消えてしまったのかと

そう、思えて仕方ない。


こんなところに、クロウさんはいるのだろうか。


もしここにクロウさんがいるのであれば

言ってやるんだ。


俺に恨言を言うのはお門違いだと。


俺はクレナさんを殺してなんかない。


俺を責められてもどうしようもないんだと


そう伝えるんだ。


 手をぐっと握りしめて俺は校庭へと足を踏み入れた。

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