第10話 思いの真意
クロウ・ラビリテ
その名前はセレンさんから聞いた覚えがあった。
彼女の幼馴染で恋人。
『クロウはちょっとぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なのよ。
英語が得意でね、勉強を教えてくれるんだけど分かりやすいのよ。
いつかウイング君にも会わせてあげたいわ」
確かそう言っていた。
1度もあった事のない人物からの手紙に少し手が震えた。
この世界は繰り返している。
その中でクレナさんは死んだ。
そして、この世界が繰り返しているのを知っているのは
俺とクレナさん、クロウさんだと言っていた。
では、クロウさんは
クレナさんが死んだこの世界でずっと生きていたと言う事。
この手紙は、俺に対する恨みでも綴られているのだろうか。
目の前でクレナさんを死なせた
助けることが出来る位置にいたのに
手を伸ばす事が出来なかった俺に対する
負の感情が詰め込まれているのではないかと思った。
でも、ここで立ち止まる訳にはいかない。
セレンを救うと決め直したんだ。
ここで手をこまねいて、微かな手掛かりを失う訳にはいかない。
震える頼りのない手で
ゆっくりと封筒を開いた。
『がんばることをやめたきみが
ついにかのじょをみすてたきみが
このままでいいとおもうきみが
うすらぐことのないぎねんをいだくきみが
へつらったそのいつわりのかめんでも
このせかいをかえたいとねがうのなら
いのちをかけることができるのなら。』
「……は?」
平仮名ばかりの手紙。
誰かの悪戯かと思えるような内容。
手紙を見て口からため息と声が漏れた。
でも、この繰り返す世界ではイレギュラーこそが唯一の手掛かりなのだ。
何度も手紙を読み直してみる。
それでも、やはり意味が分からない。
要するには、俺がクレナさんを見捨てて
セレンの死を繰り返す世界で構わないと
このままでいいのだと、そう感じていた俺を責めているのだろうか。
セレンの言動に疑念を感じていても
見ないふりを続けた俺に、憤りを感じているのだろうか。
でも、だとすると最後の2行の意味が分からない。
俺に対する怒りや恨みを綴るのであれば
『この世界を変える』『命をかける』
という言葉に何の意味があるのだろうか。
必死に思考を巡らせるが、思いつくことはない。
このまま手をこまねく訳にはいかないのに
ただ分からないまま、時間だけが過ぎていく
焦りで、うまく考えがまとまらない。
グシャッ
乾いた紙の音が響くと同時に
手紙を持つ左手を強く握りしめ、唇を噛み締めていた。
『ウイング君は焦ると唇を噛み締める癖があるんだね』
『そんな君にはラベンダーをお勧めするよ』
昔、外を出歩く許可が出た頃にクレナさんにかけられた言葉を思い出した。
みんなが声をかけてくれて
『一緒に行こう』『早く外を歩いてみよう』
と俺を連れ出そうとしてくれていた。
でも、当の俺は
自分の居場所は病室の中だけだと思っていたし
みんなにとっては慣れ親しんだ外の世界だけれど
俺にとっては未知の世界で
そこは陽の光が降り注ぐ明るい世界ではなく
不安が渦巻く灰色の世界だったんだ。
知らないことばかりで怖かった。
みんなが知っているはずの事を
知らない自分が恥ずかしかった。
早く学んで
みんなと対等でありたいと思えば思うほどに
俺は焦りに支配されて
外に出ようとする度に
うまく呼吸ができなかった。
外に出れない日々が続くと
最初は頻繁に連れ出そうとしてくれていた人達も
『無理しなくていいよ』
『今日はやめておこうよ』
と話し始めた。
年端も行かない俺にも
希望が
失望に変わっていくのが
手に取るように分かったんだ。
そんな日が続いて
病室から一歩も出られなかった俺に
クレナさんが『ラベンダー』を勧めてくれた。
『これを持っていると大丈夫だよ。
私も人前に立つ時は緊張するからね、このお守りを持っておくんだ』
『この匂いは人の気持ちを落ち着ける効果があるらしいよ』
『君にこれをあげる。しんどい時に胸の辺りで握ってみるといいよ
……ちなみに、袋を作ったのはセレンだけどね』
そうしてラベンダーの匂い袋をくれた。
そしてクレナさんの話を聞いて、まず思ったのは
何でも卒なくこなしているこの人にも
同年代だけでなく
大人からも羨望の眼差しを受ける程の人でも
緊張するのかと
そう思った。
人からの視線が怖かった。
勝手に期待されて
応えられなかったと勝手に失望される
そんな人の身勝手さが嫌いで
それに応えられない自分が嫌いだった。
それでも、勝手な期待ではなく
『一緒に頑張ろう』と
そう言って貰えたような気がした。
勝手にそう思った。
そうして気づいたんだ。
俺自身も『勝手に』期待をするんだと
俺が嫌いな人と同じように
俺自身も人に対して
その人の気持ちなんて知らずに期待していることに。
思い出に耽っていても目の前の問題は解決しない。
ただ無駄に時間を浪費するだけだ。
一旦部屋に戻って、思い出したラベンダーの匂い袋を持つことに決めた。
あれは病室の外に出た日も
学校へ初めて行った日も
セレンと街へ遊びに出た日も
常に身につけていた。
あれがあれば解決するような
そんな勝手な期待を持っている。
机に上に
いつでも持てるように置いている匂い袋を取りに
俺は足早に部屋に戻った。
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