第4話 感じた違和感
クレナさんと別れてからというもの、セレンは一言も発さなかった。
足を止めることなく、歩き続ける。まるで『追いつかれないように逃げている』そんな様子で。
手は繋がれたままだったが、力強く引かれており
俺は振り解くことも、声をかける事も出来なかった。
何を怒っているか、いや
そもそもセレンが『怒っている』のか『怖がっている』のか分からなかった。
クレナさんと話していた時、確かに彼女の声は震えていた。
手を引かれた時も手が震えていたし、斜め後ろから窺える表情は
口を真横に引き、視線は落としたままだった。
このままでどこまで歩くのか、何故クレナさんとの会話を絶ったのか
聞きたいことはあるが、聞けるような雰囲気でもない。
勇気が出ない。
先程のセレンが発した
『邪魔をしないで』
という言葉が頭の中で引っかかっていた。
友達と遊んでいる中で、他の友人が来たから話していた。
俺の状況はきっとそんな感じだと思う。
そしてもう少し話しがしたいと声をかけると
『邪魔をするな』と返される
……流石に、おかしいと思う。
セレンは対人面では非常に穏やかで、言わなければならない事はしっかりと言うが
その場の雰囲気を壊すような言い方はしない。
相手の意見を真っ向から否定するような人物ではない。
確かに、姉であるクレナさんに対しては
他の人と関わる時よりも幼い言動が出ることはあった。
俺が怒らせた時のように口を尖らせて見せたり
提案した遊びを『気が乗らないから嫌だ』と駄々をこねてみたり
決めていたルートを『こっちの気分だから』と急に変更してみたり。
だがそれは、俺やクレナさんだけに対してであり
両親をはじめとしたそれ以外の人の前では、『誠実』で『謙虚』な少女として過ごしていた。
昔からそんな感じではあったが『邪魔』と存在を否定した言葉は聞いたことがなかった。
彼女の口から初めて聞いた言葉。どんな心情なのか、今の俺には計り知れない。
分からないことは、聞くしかない。
それが心情であるなら、当の本人に聞く以外に理解する方法はない。
彼女を『理解したい』と思うのであれば、ここで悩んで足踏みするよりも
声をかけるしか無いのだと、自分に言い聞かせた。
「なぁ……セレン?なんでクレナさんにあんな言い方をしたんだ?」
クレナさんの名前を出した一瞬、繋いだ手に更に力が入った。
そして漸く、足を止めた。
ゆっくりと振り向くその表情は、今にも泣き出しそうで
怒りや恐怖ではなく、ただ悲しみが溢れていた。
一雫だけが‘頬を伝う。
「私は、何か間違えた?……いつも通りだったよ?」
口角を少しだけ上げながら話すセレン。
やはりいつもとは違う。俺の記憶の中にいるセレンとは異なっている。
「セレン、今までクレナさんに『邪魔』だなんて言ったことなかっ」
「ウイングは、目の前を横切った黒猫にどんな印象を抱く?
前を歩く人が捨てたゴミが目の前に落ちて来たら、どう思う?
……いらないモノを執拗に押し付けて来る人になんて言う?」
「私が発した言葉は、その想いそのものだよ」
俺の問いかけは途中で途切れて、それでも彼女からの返答は届いた。
そしてそのまま俺から視線を外し、前を見据えた。
不幸で、陰険で、面倒臭い
負の感情を全面に出しただけだと、そう彼女は言いたかったのかも知れない。
『これ以上話すことはない』そう言わんばかりにセレンは歩を進める。
クレナさんの件ではこれ以上問いかけても答えてはくれないかも知れない。
だけれど、俺は諦めたくは無かった。
ずっと諦めてきたんだ。
繰り返す死の中で、もうセレンを救うことは出来ないんだと。
救えないのにずっと失い続けなければならないんだと
伝えたい思いを自覚しても、伝える手段を持っていても
一緒に、明日を迎えるんだと言い聞かせてきたけれど
心の片隅にはいつもあった。
諦めるしか無いんだと。
どんなに願っても叶わない願いがあるように。
どんなに努力しても届かない夢があるように。
どんなに救いたくて手を伸ばしても、届かない命があるんだと。
だけれど、その中で起きたイレギュラーな日とイレギュラーな出会い。
終わりの無い、死だけが蔓延る世界で
唯一視えた光。それが、今日のクレナさんだった。
何度も繰り返してきたこの世界では
俺はセレン以外との会話をした記憶がない。
何せずっと4月1日を繰り返していたから、学校も始まっていない状態で
ずっとセレンと遊んでいたんだから。
ずっと2人きりで。
誰にも出会わずに、遊んでいた。
繰り返す中での初めての出会いだった。
それにも戸惑ったし、あのセレンの態度にも違和感を感じた。
クレナさんに対してあんなに冷たく言い放つことはなかった。
『何故、死の運命が来たるのか。繰り返す前に何があったのか。
真実にたどり着くとすれば、それはきっと君なのだから』
クレナさんのあの言葉が、セレンの逆鱗に触れたのだろうか。
でももしそうだとすると
セレンはこの繰り返す世界について何かを知っているのかも知れない。
知った上で、その真相を誰にも暴かれないようにしているのかも知れない。
……でも、もしこの考えが正解だとするならば
セレンはずっと、自分が死ぬ道筋しかない世界を繰り返していると言うことだ。
そんなことは、明らかに正気の沙汰ではない。
人にも物にも、確かに寿命はある。
いつかはみんな、潰える運命にあることは分かっている。
でもそれは近い将来の話ではなく。
もっと先の、それこそ自分が『おじいちゃん』と呼ばれる頃を迎えてからの事だと思っている。
これが一般的な考えだと思っている。
誰も『今日が死ぬ日だ』と思って生きてはいないだろう。
そんな人は極小数だろう。
セレンはそんな毎日を過ごしてきたのだろうか。
そう感じていたから、俺には諦める選択肢なんてなかった。
ここで、セレンとの会話を終わらせてしまえば
一筋の光さえも失うような気がしていたんだ。
握られている手に力を込める。
引っ張られている腕を縮こめる。
「セレン、聞きたいことがあるんだ。ちゃんと、話したい」
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