第3話 『繰り返す』とは

「ウイング君、まさかと思うが……私の妹に手を出そうとか、思ってないよね?」


 振り返った先には女性という印象の豊満な曲線。

少し視線を上げると艶やかな長い黒髪がサラリと流れ落ちてくる。


視線を少し上げないと顔の認識が出来ない女性で、俺に話しかけることがある女性。


『クレナさん』だ。



「……、手を出そうとか、そんな事、思った事……ないですよ」


喉の奥で声が詰まる。

うまく喋ろうとする程、張り付いて出て来ない。


人と話す機会が無かった訳ではない。

学校で休み時間に話す友人くらいは確かに居たし、その中には異性も居た。


人間に対して緊張や恐怖で声が出ない

という体験を今までしたことは無かった。


 クレナさんとも、何度か話したことはあったし、昔からこうでは無かった。


一緒に遊んで貰った事もあったし

言い放つ言葉も誰も傷付かないように注意して話してくれる

思いやりのある人で、俺自身は怖がっていた記憶はない。


それなのに何故、今はこんなにも恐怖が湧き上がるのか


「今君は1人かな?

セレンは……いないようだね。好都合だ。」


俺の周囲を見渡しながらクレナさんは続ける。


「君に伝えておきたい事がある」


そう話し始めた。


 この世界はずっと3月31日に巻き戻って来た。

4月1日にセレンは死を迎えることで、その前日を繰り返して来た事。


この世界が繰り返す原因は『セレンの死』であるが、それには周囲の思惑がまとわりついてるというのだ。


クレナさんが調べた限りでは、この世界の『繰り返し』に違和感を持っているのは俺とクレナさん、そしてクレナさんの幼馴染であるクロウさんのみだという。


 ここはきっと現実ではないが

街の様子や学校の友人などは変化がない、『繰り返す』という点を除くと

今まで過ごして来た現実の世界と変わらない筈なのだと


少し目を伏せながら話してくれた。


……クレナさん達もずっと、俺と同じで『セレンの死』を繰り返し見て来たのだろう。


「私はずっと、この世界が繰り返すのは君のせいだと思っていた」


「……セレンが死んで、それを認めたくないからだと思っていた。」


こちらに対し敵意を隠さない鋭い視線。


「……俺は、何度もセレンが死ぬ所なんて見たくないです。

なんでこの世界が繰り返しているのか、どうして今日が3月30日なのか、分からない事だらけですよ」


絞り出した声は思いの外震えて、とても頼りなかった。

それでも伝えたい思いを紡げば、この人であればこの世界の謎を解く鍵を見つけられるかも知れないと

そう思っていた。


「……君はセレンが死んだ理由を忘れているのか?」


先程までの鋭い視線ではなく、驚きと疑いの眼差しを向けられる。


 まるで俺が嘘をついているのではないかとそう思っているかのように。

彼女の中では繰り返しの原因は『俺』なのだという事だろう。


「死んだ理由とは、一体なんの事ですか」


きっと彼女は何か、この世界の核心に迫ることを掴んでいるのだと思う。


 俺は早くこの世界から抜け出して、セレンと新しい4月2日を迎えたい。

一緒に迎えることが出来たのならば、ずっと蓋をしていた思いを

今度こそ伝え切りたいと思っている。


この世界を繰り返し始めてから思ったことだ。


 今まではいつ死ぬかも分からない体で、誰かに恋焦がれる思いを伝えたところで

相手にとっては良くも悪くも『重荷』になる可能性が高いと思っていた。


もし思いを断れば純粋に相手を傷つけるし、万が一想いが重なって

通じ合えたとしても、命の期限はすぐそこかも知れない。


俺にとって思いを伝えると言う行動は

ただ大切な人に失う悲しみを背負わせるだけだと、そう思っていたから。


自分が失う側になって初めて、伝えきれない想いが悲しみを生むことを知った。

『あの時こうしていれば』『こう伝えていれば』


後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


きっと人間はずっと後悔し続けて生きていく。

伝えても、伝えなくても『後悔』は生まれるのだろう。


ならば俺は、伝えきって

思い残さない状態で生を終えたい。


その為にはこの繰り返す世界を抜け出さなければならないのだ。


「本当に、覚えていないのだな?」


もう1度同じことを問われ、俺は静かに頷いた。


すると、先程までの畏怖を感じる声色ではなく

比較的穏やかな、それでいても芯を感じさせる口調で続けた。


「……はぁ、繰り返していることを理解しているのは現状3名。

ずっとセレンの死を間近で見て来た君が、ここで嘘をつく可能性は低いか。

……不本意だが今は君を信じる事にするよ」


「姉様……?何してるの」


クレナさんの奥からいつも聴き慣れた、懐かしい声がする。

離れていたのはおそらく数分、それでも俺の感覚ではまるで数年振りに再会したように感じていた。


「もう帰って来てしまったのか、セレン。

私はまだ彼に用事があるんだ。少し待っていて貰えないか?」


クレナさんは首だけを動かして背後にいるであろうセレンに声をかけた。

斯く言う俺は、自身よりも頭1つ分以上背の高いクレナさんに視界を阻まれ、セレンの姿を認識できていなかった。


「嫌です。私は姉様に劣るけれど、ウイングだけは、譲りたくない。それと、邪魔をしないで」


どんな表情かは窺い知れない。

少しだけ声が震えていたようにも感じた。


クレナさんは動かない。

その視線の先には確かにセレンがいる筈なのに

まるで『見えていない』かのように


「ここまで、かな。」


誰かに向けた言葉ではなく、ただ自分への呟きとも取れる程小さな言葉。

真正面にいたからこそ俺の耳に届いた言ノ葉。


少し自嘲気味なその響きは直ぐに虚空へ消え

クレナさんの瞳は俺を写した。


「……ウイング君、もし本当に忘れているのであれば君は思い出すべきだ。

何故、死の運命が来たるのか。繰り返す前に何があったのか。

真実にたどり着くとすれば、それはきっと君なのだから」


「もういいでしょ、ウイング次! 行こう!」


クレナさんを押し除けてセレンが俺の手を取った。

そして力強く店の外へ引っ張られ、通りへと出された。


 一方、押し除けられたクレナさんはというと

入り口のドアに片手を付き、此方を睨みつけるように見ていた。


いや、正確には俺とセレンの繋いでいる『手』を見ていた。


「死の運命は誰にでも平等に訪れる。それに例外はない」


道を進む中でクレナさんの声が聞こえた気がした。

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