第2話 再会という名の出会い
3月30日午前8時。
セレンに起こされた俺はと言うと、街の中心部を彼女の隣で歩いていた。
特にこれと言った会話がある訳ではなく、ふと横を見ると少し広角を上げて真っ直ぐに前を見据える彼女の姿を捉える事ができる。
この瞬間が永遠になれば良いと何度も思った。
けれどその度に地獄へ突き落とされて来た。
だが今日は3月30日、きっと今日は彼女に死の運命は寄ってこない。
そう直感していた。
「ねぇ、そんなに見られると流石に恥ずかしいんだけど」
どのくらい惚けていたのか
先程まで口角を上げていた彼女だったが今度は口を尖らせ、鋭い目付きでこちらを見ている。
見つめ過ぎて気分を害したようだ。
ぷくっと膨れた頬すら愛おしく感じる。
学校でもセレンは人気のあるタイプだった。
人を惹きつけ、愛される存在。
だがそれ以上だと目される存在がいたのも確かだ。
セレンが話題の美少女であれば、高嶺の花もしくは女神や天使と称される程の存在があった。
学校中の男子生徒の恋焦がれる存在『クレナ』最高学年の最優秀成績者。
生徒会長であり文武両道、眉目秀麗そしてセレンの姉というポジション。
女子生徒からも羨望と憧憬を一身に集めている人だ。
「何?やっぱりウイングも姉様の方が好きなの?」
「セレンは、クレナさんの事好きだろ?」
尖らせていた口を縦に開き、目を見開く。
この驚いた表情も飽きるほど見て来た。
いや、飽きてなどいないのだけれど。
「なっ・・・、私の『好き』とウイングの『好き』は違うものじゃない!一緒にしないで!」
つい怒らせてしまうのも、俺の悪い癖なのかも知れない。
縦に開いた口をまた尖らせ俯いてしまった。
そもそも焦がれる距離にいない人にどう恋焦がれればいいのか分からなかった。
ただでさえ俺は不出来で、周りを巻き込んで生きて来て
そんな俺の傍にずっと居てくれた存在を愛しく思う事が多くなっていった。
でも相手には自分の思いを伝える事で重荷になりたく無くてその気持ちに蓋をして
気の無い素振りを見せて来た。
それでもこの繰り返す世界が始まる前、最初の3月31日にセレンは俺に何かを伝えようとしてくれていた。
ー私がウイングと一緒にいるのは同情でも、友情でもなくてー
そう彼女が告げて、以降の言葉は紡がれなかった。
「俺は、クレナさんに憧れこそ抱いたことはあるけど好意を抱いた事はないよ」
これは事実だ。
なんでも出来て顔も性格も良い、そんな存在を憧れずにはいられなかった。
でもそれは好意には変化しなかった。
俺の言葉を聞いて顔を上げるセレン。
元々大きな瞳であったがそれを更に大きく見開き続けた。
「本当?嘘付いたら針千本だからね!」
目が輝くとはこの事かと感じる程に瞳の中に光の粒が見える。
こういった天真爛漫な面も愛される要因のひとつなのだろう。
先程までの尖った口先はもう見えず、やはり口角が上がっている。
鼻歌も聞こえてくるのだからなんとも分かりやすい心情だ。
俺とは正反対の少女だとひしひしと感じる。
例えるなら光、メランポジウム、春そんな暖かなイメージを持つ彼女を正反対が故に焦がれてしまう。
俺が呆けていても彼女は買い物を続ける。
体調が悪い様子さえなければ俺の役目は荷物持ちだ。
洋服にイヤリング、日用雑貨まで様々なものを買い漁る。
そしてその度に
「ねぇ、ウイングはどれが好き?一緒に使うならどっちがいい?」
と必ずと言っていい程質問をして来た。
その昔彼女は
『ウイングと来れる買い物の日は多くて月に2回、その中でウイングの好みのものを知りたいしチョイスしたいの』と話していた。
生まれ持った病気のせいで成人を迎えるのは難しいかも知れないと伝えられていた。
それ故に彼女は俺がこの世界にいた記憶を残して置きたいのだとも話していた。
「ねえ、ウイング。 ちょっとだけあのお店入って来てもいい……?」
昔を思い出しているとセレンに呼び止められた。
少し言い出しにくそうな声色。
遠慮するような間柄でも無いのに……と不思議に思いながら視線の先を確認すると
一面ピンクで
思春期真っ盛りの男子には眩しい、とても一緒に入れる所ではない場所だった。
『ランジェリーショップ』
俺は慌ててセレンを見る。
すると彼女も恥ずかしそうに俯きながら
「う、ウイングは本屋さんで待っててくれたらいいから、……私1人で行くから」
と詰まりながら言葉を紡ぐ。
「そ、そうだな。少し先にある本屋にいるから。終わったらそこに来てくれ」
吊られて俺も言葉に詰まる。
何も悪い事などしていないのについ、俯いて視線を逸らしてしまう。
ただただ『恥ずかしい』とそう感じていた。
「じゃあ、待っててね。直ぐに済むから」
「いや、急がなくていいから。本当に」
恥ずかしさからか焦るセレンに対し、同様に羞恥心のせいでその言葉を遮る俺。
お互いに顔など見れず、視線も合わないまま手だけを振った。
小走りで店へ入るセレンの背中を見つめ、店に入ってのを確認した後
俺は3軒先にある本屋へと足を進めた。
「まさか、病弱だった君が女の子に手を出そうとしているとは思わなかったよ」
本屋の入り口を超える前に、背後から声を掛けられた。
聞き覚えのある、凛とした少し冷たい声。
そこで漸く気付いた。
俺が抱いていたのは『憧憬』も『羨望』も『恋慕』でもなく『畏怖』だったということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます