繰り返したその先に

@gen_getu

第1話 初めて迎える朝

今日は3月31日。いつもそうだった。そして今回もそうなるのだろう。

俺は明日、4月1日に、また大切な人を失うのだ。


ピピピピ…。


「…ぇ、ねぇ、ウイング!起きてってば!」


 目覚ましの音と甲高い声が聞こえる。聞きなれた声に安堵する。

 生きていたんだ。そう思いながら俺は薄らと目を開ける。


まだ自信は無いので『薄らと』だが。


視界には手。華奢なはずの手の巨大な掌が写る。

俺の脳が掌を認識するのとほぼ同時に『パチッ』と言う音、頬に触れる少し低めの温度そして痛みが走った。


「なぜ、俺は叩かれたんだ」

「そりゃ、ウイングが起きないからでしょう!私はずっと起こそうとしてるのに!」


 小さな頬を目一杯ぷっくりと膨らませながら少女は話した。


黒い長髪をポニーテールにし、丸い瞳の中にサファイアを散りばめた様な蒼の色。

この愛らしさ満点の少女こそ、俺が毎年、4月1日に失ってきた少女『セレン』

 

今まで彼女を起こしこそすれ、起こされた経験は無かった。


 今までの過去とは違う今日を俺は迎えた。

今回こそは失わずに済んだのだ、新しい4月2日を迎えられたのだとそう直感した。

その筈だったのに、視界の中央でこちらを叱責しているセレンの右奥に日めくりのカレンダーを捉えた。


『3月30日』


 眠りにつく直前に日付を確認する癖は、いつの頃からか身に付いていた。

だからハッキリと覚えている。俺は、明日セレンを失う日だった筈だ。


なのに、何故


「戻ってる…?」


 思考が追いつかない。

口をついて出た言葉に、彼女は不思議そうに小首を傾げたがそれを説明する余裕は無い。

それどころか俺自身も理解が出来ていないのだから。


 1度目は大型トラックだった。大通りの交差点でトラックの信号無視だった。

セレンの手を掴めてさえいれば助けれた筈だった。


 2度目は通り魔。1日遊んでセレンと別れたその後にセレンを含めた少女5人を刃物で切り付けた。

その中で彼女は勇敢にも立ち向かい、命を落とした。


3度目は崖崩れ。


4度目は病気で。


 繰り返す3月31日から4月1日の中でずっと俺はセレンを失ってきた。


それを10度程その状況を味わって以降は覚えていない。

また、会えると分かってもその都度失う苦痛を繰り返すのはもはや地獄だ。


 しかも繰り返す事実を知っているのは俺のみであり、周りの誰に話しても不思議そうに小首を傾げるか、怪訝そうな表情でこちらを一瞥するかで誰もまともに取り合ってくれたことなど無い。


きっと俺が逆の立場でも同じだろうとは思う。『気が触れたのだ』と騒がれないだけマシかも知れない。


 何故30日に戻ったのか。

今までにないイレギュラーが起こった事にどんな意味があるのか。


今度こそ、俺はこの少女を守り抜く事ができるのか。

頭の中はぐちゃぐちゃで、整理がつかない。

思考が追いつかないがただ唯一『守りたい』という思いだけは確かにあった。


 もう何度彼女を失い続けたか分からないが、それでも彼女の生きる4月2日を見たい。

その為に次こそは必ず守る、そう誓っていた矢先にこのイレギュラーだ。


「ウイング?大丈夫?」


 無言を貫き通していた為かセレンが声を掛けてきた。

元々口数の多い方ではないが、虚空を一点に見つめ返事もしない。

その様な状況であればいくら何でも心配になると言うものか。


「大丈夫だ。すまん」


 俺が紡げたのはこの言葉のみ。

それ以上の言葉は飲み込んだ。


これ以上言葉を紡いでもきっと今の彼女には届かない。

何度目になるかも分からないがそれでもやはり彼女の笑顔が曇るのは見たくない。

やはり彼女の笑顔が見たくなる。


 その為にはこの世界が繰り返している事、その度に彼女が死に追いやられていることを伝えない方が良いと感じた。


 元々責任感の強い性格であったし、他人に感情移入しやすくてとても優しい子だった。

俺が取り残されているこの現状を、理解は出来なくとも『嘘では無い』とは感じ取るだろう。


 そうなってしまってはきっとこの笑顔はもう見れなくってしまうだろう。

一歩間違えば『自身で死ぬ事』を選択しかねない。彼女はそういう人だ。


 幼い頃から俺の面倒事を一緒に抱えて生きて来たから、『守りたい』という思いを否定して自分の為に生きてくれというのだろう。


「今日は学校が休みだから一緒に出掛ける約束だったでしょう?……具合が悪いならやっぱり家で過ごそうかしら」

「いや、大丈夫だって。別に動悸もないし息切れもない。脈だって普段通りだ」


 俺は幼い頃から体が弱く、歩くだけであれば問題ないが走る事は禁止されていた。

少しでも「しんどい」と感じる事象がある場合には特に安静に過ごすように言われ続けていた。


 それでも幼児の衝動は止まらないもので、興味が向けば大人の静止など振り切って走り回るし、休憩なしで遊び回っていた。そこでお目付役として用意されたのが彼女だった。


 もちろん彼女が俺を認識するより先に俺は彼女を知っていた。

恋もしていた、それは一種の憧れも混じっていたように思う。


遠くで見れば深窓の麗人だったが、少し近づけば向日葵のように周りを元気付ける活発な少女。

恋焦がれずには入れなかった。


 それだからこそ俺の両親は彼女を充てがったのだろう。

好きな女の子の前で発作を起こして倒れてしまうような柔な男だと思われたくないのでれば医者の言う事を聞くようにと。


そしてこの体の事を彼女も一緒に説明を聞くハメになったのだ。


 それ以降というもの彼女は基本的に俺から離れなくなった。

学校へ行くのも、遊びに行くのも常に一緒。


俺としては1人では行動出来ない恥ずかしさと

女の子と一緒にいるという気恥ずかしさと

好きな子を独占出来ていると言う状況に嬉しさを感じていた。


「・・・そこまで言うなら出掛けようか。今日は私の行きたい所に付き合ってね」


 目を細めて柔らかな雰囲気で紡がれる言葉。

春の陽気と相まって心持ちが軽くなる。


どうすれば、彼女を4月2日まで連れて行けるのか、答えの出ない問いを抱えながら今まで繰り返して来なかった3月30日を踏み出した。

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