第5話 覆い隠され、思い起こされる
掴まれた手に力がこもる。
それとほぼ同時にセレンが振り返った。
今度は、一筋も頬を伝うものは無くて
ただ静かに、冷ややかにこちらを見つめる視線を向けられた。
「……っ」
その冷ややかな視線に俺は息を呑んだ。
『何も聞くな』『話したいことなどない』
まるでそう言われているかの様な気がして。
それでもこんなところで立ち止まっている場合じゃない。
先程の違和感を感じているうちに、セレンに確認する必要があるんだ。
「セレンはクレナさんが言っていた言葉の意味、知っているのか?」
「知らない。それよりもご飯を食べよう?お腹が空いてこない?」
まるで俺の言葉など彼女には通じていないかのような会話。
言っていることが理解されていないかのようにも感じた。
「そうじゃなくて、……何かおかしいと思わないのか?」
『死を繰り返す世界』だと告げられない自分が不甲斐ない。
違和感を感じておきながら、セレンにそれを伝える度胸がない。
……目頭が熱くなって少しだけ視界がぼやけて見える。
「……泣かないでよウイング。分かったから、私がわかる範囲で答えるから。
とりあえず、お店に入ろう?」
その言葉を聞いて、少しだけ熱がさめた。視界も少しずつ輪郭を取り戻してった。
セレンが根負けしてくれたおかげで俺は、人前で泣かずに済んだのだ。
確かに道を歩きながら今までの会話をしていたのだから、少しは周囲の目がある。
痴話喧嘩とも取られかねない状況だ。
セレンの言い分には一理ある。
「あぁ……、そう、だな。」
少し気恥ずかしくなった俺は声のトーンが思った以上に下がっていた。
セレンに手を引かれて、5分程。
横断歩道を渡るとカフェを見つけた。
手近なカフェに足を踏み入れようとした瞬間
「ウイング君!待ってくれ」
声が響いた。
つい先程聞いた、凛とした声。
振り返るとそこに、クレナさんがいた。
「ウイング君、君に話さなければならない事があるんだ。恐らく今日が最後なんだ」
クレナさんの表情が明らかに変化していた。
先程までと違い、焦りを浮かべている。
別れてから恐らく10分と経っていない、なのにその間に何があったと言うのだろうか。
「セレンは、ここにいるのか?少し時間が欲しいんだ。悪いようにはしない、だから」
俺の手は、確かにセレンに繋がれたままだ。
右手に感じる温もりは確かにセレンのもので
クレナさんの目の前に、確かにセレンが立っている。
なのにクレナンさんはセレンを見ていない。
対するセレンは感情のない、冷たいままの視線でクレナさんを正面から見据えている。
「分かったんだ、この世界には2人の死が入り混じって」
「ねぇ、邪魔しないでって言ったよね」
焦りで早口になったクレナさんをセレンが正面から突き飛ばした。
「っう……」
突き飛ばされたクレナさんは丁度白線の上に尻餅を着く形になっていた。
「セレン!何してるんだよ」
怒りに任せた怒号にも、セレンは涼しい顔をしていた。
「話の途中で突き飛ばすなんて!」
「ウイングは、私と話がしたかったんじゃないの?姉様と話したかったの?」
少し口を尖らせながらセレンは返答した。
「セレン……?やっぱりそこにいるの?」
左足首を摩りながらクレナさんが問いかける。
突き飛ばされた時に少し痛めた様で、顔を顰めている。
手を貸そうと思い、動き出そうとした瞬間、
「人の姿どうこうより、自分の心配をした方がいいと思うけれど」
ファーーーーーーーン
大きな音が鳴り響く。
音のする方向には白い箱型のトラック。
クレナさんが突き飛ばされたのは『白線の上』
つまりは横断歩道上にいるのだと気づいた。
しかしそれはもう、目前に迫っていた。
目を見開くクレナさん。
何故か時が止まっているかのような感覚に陥った。
『今ならば、手を伸ばせば間に合うかも知れない』
そう感じて俺は動いた。
はずだった。
「ウイングは、まだ死んじゃダメだよ」
セレンの声が聞こえ、強く手を引かれた瞬間、世界のスピードが戻った。
目の前を一瞬にして白い箱型のそれが通り過ぎ
ガシャーーーーン!
ガラガラと音を立てて、壁が崩れ落ちた。
景色をしっかりと認識出来た時には
大きな音を立てた箱型は向かいの建物に突っ込みフロントが潰れている。
白かった横断歩道はところどころに赤いシミができている。
そして、クレナさんの姿はどこにもなくて
必死に視線を巡らせて
「……っ!」
息を呑んだ。
トラックのタイヤの下に
白く、細く、艶やかな人の手が見えた。
それは記憶の底にあった『最初のセレンの死』と似ていたんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁあぁぁあぁぁあぁあっぁっ」
瞳から涙が溢れる。
「う、ウイング、いるから。私がいるから」
セレンが何か言ってくれているが理解ができない。
「はぁあっっあ、あぁぁ……」
呼吸が上手く出来ない。
だってセレンが死んだ時と同じじゃないか。
あの時も『俺と話をしていたところを突き飛ばされて』死んだんじゃないか。
手を伸ばしても届かなかった。
また俺は救えなかったんだ。
「あ……」
目の前に霞がかかる。
何もかもが白くなる。
死が全てを覆い隠すんだ。
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