第九十三話 おじゃる武勇伝
「殿ォ…いくらなんでも先ぶれを出しておくべきだと思うんじゃが…」
近衛の屋敷前まで来て秀さんが不安そうに言う、今更感が凄い。
「いや、そもそも本人に会うとか無いと思うぞ」
結構マジな話。
聞けば近衛前久というのは関白左大臣、えらい。正直えらすぎてどれだけえらいのかよくわからん。多分ここにいる連中でどれくらいえらいのか分かってるのはきっと滝川のおっさんくらいではなかろうか?及び腰を通り越して逃げ腰だ。
…そんなにヤバいのか?
それに引き換え疋田は泰然自若としている…といえば格好良いが、多分コイツも分かってないクチだろう。
そうして俺は近衛の屋敷の門を叩いた。
◇ ◇ ◇
「先ぶれも寄越さず何事でおじゃるか!」
俺は散々待たされた挙句にお叱りを受けていた。
酒を置いて帰るだけのつもりだったのにその場で一時間程待たさた。そうして屋敷に上げられ六時間近く待たされ何故か目通り?が叶った?のだ。おかげで昼前に来たというのに冬の短い日も陰ってきていた。さっさと京都観光に行こうとしていたこちらとしても迷惑甚だしい…別におじゃるに会いたくて来たワケじゃないんだが…
「まったく…たまたま屋敷に居たから良い物を…」
…居たと言ったか?六時間以上待たせてこの屋敷に居たのかおまえ?
「いえ…関白左大臣様にはおきましてはお忙しいかと思って、ご挨拶と進物だけ置いてお暇しようかと…」
「それでは麿が何のもてなしもなく其方を追い返すみたいでおじゃろう!」
いやがらせなのかもてなす気があるのか判断に苦しむところだな…
気を取り直して俺は箱から酒の入った壺を取り出した。
「それは…!例の秘酒ではおじゃらぬか!?」
一々耳に響く声を上げるな…落ち着けよ…
「お望みでしたらここで毒見をさせて頂きますが?」
「いや…その必要はおじゃらぬ!!」
ガッツリ酒の入った壺をロック&ホールドして離さないおじゃる。
一滴も俺には飲まさない、おじゃるからはそういう強い意志を感じる。
「麿もそちも藤原不比等を祖とする同族、広い意味では家族でおじゃる!この戦乱の世で家族を信じられずして何を信じられようか!」
酒が出てきた途端の家族扱い、お美事な手のひら返しである。
というか久野さんが言ってたようにマジで知ってたみたいだな…事前に教えてくれて助かった…しっかし家柄や血の繋がりを大切にするというのは良いとしても…
「
嫡流ってのがこの近衛で傍流ってのがウチなんだろうな。手のひら返しをしてもナチュラルにディスを入れて積極的にマウントを取ろうとしてくるのは性根の悪さからだろう。
絶対友達いないわコイツ。
「おたわむれを、日本の中心でご活躍目覚ましい閣下と並べられるなど、田舎で静かに神を奉る我らとしては大変に畏れ多い事でございます」
「何を言う!そちは直接戦場に赴き敵の大将首を挙げたと聞き及んでおじゃるぞ!」
そうして三河の一向一揆の話とか那古野での戦の話だとかを根掘り葉掘り聞かれた。途中からは酒まで入れてきた。俺にはなかったが。
どうもこちらの情報をしっかり調べられている…というよりも興味本位のような印象を受けた。なんだか面倒事に巻き込まれそうだな…?と思ったが話が俺の話からおじゃるの話へと逸れた。
「麿も長尾と共に関東の平定の為、越後に下向し戦場で雄を示したものよ」
今度はおじゃるの自分語りの武勇伝みたいなものが始まった。
あーこれは武門に憧れるお公家様ってヤツか?
ガッツリ将軍を囲ってるのももしかして政治的というより武家好きだからみたいな?
内容にツッコミ所が多かったがそこは一応令和のサラリーマンだ、空気を読んでヨイショしておく。酒が入って口が軽くなったのか延々と近衛前久の自慢話が続く続く…
辺りはすっかり暗くなってきた、もう帰りたいんだが?俺は別室で待機してもらっている三人の顔を思い出していた。
「…そうして麿は最前線の古河城に残り長尾に逐一状況をしたためたのでおじゃる」
最前線とか言ってるけどそんなトコにいたらあぶねーだろ…まぁいうほど前線じゃなかったのかもしれないけど何考えてんだ…長尾ってのもお守り大変だったろうな…
長尾って誰だ…関東管領ってのと同一人物っぽいな…
「その後に長尾と武田は八幡原で衝突し両雄直接剣を交えたと聞く」
…大将同士が直接?なんかスゲーな、川中島の戦いくらいしか思い浮かばないぞ?
まぁおじゃるの言う事だ、話半分に聞き流しておこう。
「じゃがその後不遜な武田と北条が手を組み、状況は膠着し動かぬ…どう動こうとも此度の遠征で関東は平定出来ぬと悟った麿は途端不毛な戦に嫌気が差してな…仕方なしに京に戻ったのでおじゃる」
そう言って酒を煽るおじゃる。……いや、膠着してるのに勝手に帰るなよ?それって敵前逃亡的な?せっかく膠着してたのを崩してねーか?長尾さんとやらにぶっ飛ばされない?
「長尾も随分と気を悪くしたようでおじゃってな…」
そりゃ怒るだろ…大丈夫なのか?正直おじゃるの武勇伝はツッコミどころが多すぎてどう反応して良いのかわからなかった。
「じゃがそちが贈ってくれた澄酒で少しは気を治めてくれたようでおじゃる」
そういって流し目で盃をこちらに向けた。このおじゃるは感謝の言葉を口に出したら負け星人なのだろう、その視線から少し謝意っぽいものを感じた。
俺はその謝意っぽい流し目をスルーしつつ盃に酒を注ぎながら気になった疑問を口にした。
「…あの…関東管領の長尾景虎様というのは上杉謙信という名では…?」
越後国の武将で武田と一騎打ちするなんて上杉謙信しか思い浮かばないんだが…そうして赤ら顔のおじゃるが何かを考えのたまった。
「…ああそうじゃ、昨年辺り長尾は上杉輝虎と名を改めておったでおじゃるな」
…誰だ!?上杉謙信じゃないのか!?というか景虎から輝虎って少年ロマンっぽさあるな!?
心の中でツッコミむがとにかく情報が足りなかった。
◇ ◇ ◇
結局俺達が解放されたのは真夜中だった。雪の残る二月の京の夜は寒い、道中足元に気を付けるようにと松明を持たせてもらったが…途中で消えた。
いやがらせか!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます