第二十一話 質

無事?しずかさんの質疑応答をやり過ごし夜に親父殿と二人、静かに酒を飲み交わす。

羽豆崎の漁港の建造、鯨漁、九鬼の移住と千賀の協力。そしてその財源確保の為、熱田神宮での富くじの祭事の開催。

親父殿はそれらの事に特段反対はせず協力すると言ってくれた。

そして鯨が捕れ次第献上物として今川、北畠、松平に送る旨を伝える。

熱田にも贈った方が良いかと問うと「神を祀る宮に生臭い物はちょっとな…」と微妙な顔をされた。

さて、今川、北畠、松平は良いだが…


「…織田は…どうしたものか」


親父殿も難しい顔をする。親父殿は織田信秀殿に仕え、その縁もあり俺は信長に仕えていた。親父も俺も織田家には恩も思い入れがあった。だが現在織田家は相続で揉めに揉めている。


「今川や松平の目もある、織田家と関わって良い事はあるまい」


親父殿は残念そうに答えた。戦国三英傑と謳われる筈だった織田信長は死んだ。そして戦国時代の中心であった織田家は存亡の危機だ。

尾張ほ守護代の斯波氏の下で落ち着くのだろうか?

だがこの混乱の中で下克上を狙う不貞の輩が出てこないとも限らない。桶狭間の戦いは今川の勝利に終わり、義元は京都へは向かわず駿府へと戻った。どうも最初から上洛は口実で尾張を侵犯し、信長と戦い那古野城を占領、いや奪還なのか?それが目的のようだった。

…俺の知っている歴史とは大分違うように思う。未来の知識を持っている筈なのに何の役にも立たない。

織田信長亡きこの世界、代わりに今川が天下を統一するのだろうか…?


「時に」


などと思考を巡らせていると親父殿の声色で話題を変えたのを察した。


「季忠、あの九鬼のしずか姫を娶るつもりか?」


酒を吹き出す。


「寒中水泳の下りはおぬしと彼女で何かあったのじゃろ?」


鋭い…というか俺のあの返答では全く誤魔化せていなかったようだ。まぁ当然か…


「あの場で言うのは憚られたのですが…」


と、誤解をされぬよう彼女を勘違いさせてしまった事を出来るだけ隠さずに話す。最初は真剣に聞いていた親父殿も櫛と鏡の辺りで呆れ顔になっていた。そこまでか…

藤さんと小平太からは「ないわーないわー」と散々突かれていたので深い事考えずにプレゼントしたとまでは流石に言えなかった。


「季忠はどう考えておるのだ?」


渋い顔で俺に問い正す親父殿、だが表情は真剣だ。


「どうというと…まぁ見た目は良い(中身はアレだが)だが俺には(さっき判明したが)たあもいる」


それこそ一年完璧に忘れていたたあのとその胸に抱えられた赤子の事を思うと、しずかを娶ろうと思えない。何よりまだ彼女は数え十三の子供だ。

だが親父殿はそんな俺の考えとは裏腹に厳しい表情で苦言を口にする。


「良いか季忠、しずか殿は九鬼の者共が羽豆崎で生活する為の質になる覚悟で来ておるのだぞ」


「…え?」


質…って……人質?

俄かに頭の中が白くなる。

いや…しかしそれは…俺はそんな事を全く考えていなかった。

人質外交なんて言葉を聞いた事はある…だが自らが人質を取る方で関わるなんて想像もしなかった。九鬼が羽豆崎で何か事を起こした時には彼女の命で贖う、その為に彼女は此処へ来たのか、俺は彼女の立場を全く考えていなかった…

旅の中、彼女の気持ちを思うと変な汗が出てくる。

彼女の未来は大きく二つ。

一つは俺の妻となる。

それなら自由に行動を許され、俺と共に羽豆崎にも戻れるだろう。

もう一つは俺と共に来なかった来れなかった場合、人質として監視の元、ここで暮らす事になる。いつまでかは分からない、人質となった彼女は嫁の行先もこちらの判断に依るものになる。

勿論九鬼が何事かを諮ったのなら、彼女の生殺与奪は熱田にある。

俺は選ばないといけなかった。


「彼女がおぬしを慕っておるのは分かっておろうな?」


「それは…薄々」


親父殿が頭を抱える。


「何を迷っているのかは知らぬがそれは九鬼の民の安寧、そして彼女の幸せより大きな問題なのか?」


言い返せない、俺の令和のつまらないモラルという言い訳はこの世界では一切通用しない。令和の世の中でも土地や財産を担保に金を貸す。九鬼が羽豆崎に住まう為の担保は姫の命しかなかったのだ。

自分の考えが浅はかであった事を痛感する。


「…たあと…話がしたい」


事の重大性をようやく理解し顔色を悪くし押し黙った俺が呟く。


「…大事にしてやれ」


親父殿は静かにそう返してくれた。

それは果たしてどちらを慮った言だったのか。


◇ ◇ ◇


「季忠様」


月明かりが障子越しにも眩しい寝室でたあに声をかけられる。


「あの九鬼の娘を側室にお迎えになりますの?」


たあとしてみれば由々しき問題だ、だがそれに対し正直な気持ちを吐露する。


「……何も考えていなかった」


その答えが意外だったのか、たあも少し間を置いて抜けた声を返す。


「まぁ」


…そういえば季忠の性格だと四の五の言わずに手を出しそうな感じはする。


「彼女はまだ年端もいかぬ娘だ…出来ればもっと自由に…もう少し時間をかけて彼女なりの幸せを見つけて欲しい」


現実味の無い俺の価値観の押し付け…端的に言うと偽善的で気持ち悪い事を言ってしまった。


「ですがそれでは九鬼の者が不安に思うのでは?」


たあは俺より余程常識的な答えを返してくる。


「…親父殿にも釘を刺された」


俺がつまらないこだわりを捨て彼女を側室として迎え羽豆崎の皆の元で生活して貰う。ようは俺が彼女に手を出さなければいい。そして年頃になったら離縁し、好きな男と一緒になるのも良いだろう。


「たあにはまた我慢を強いる…すまない」


「いいえ、むしろ貴方が私の事を慮って下さった事に驚いておりますわ」


そんな事で驚くって…季忠結構畜生だな。


「ですが…一つお願いがございます」


え…なに?こわいんだけど…?

月明かりに照らされた彼女の妖艶な肢体が闇夜に浮かび上がる。


「…私にもう一人赤子ややこを授けて頂けますか?」


俺を求める微笑。

たあの目は笑っているようで全く笑ってない。

多分コレしずかさんにマウント取る為かな…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る