第43話 ハチ公、手柄を挙げる

「――っ!?」


 きらりと、自身の右目に飛び込んできた光を感じ取った狛哉が反射的に目を細める。

 驚いて顔を上げた彼は、正面に立っていた男と視線を交わらせ、はっと息を飲んだ。


「……ハチ? どうかしたの?」


 突然、表情を一変させた狛哉の様子に違和感を覚えたこだまが彼の横顔を見つめながら声をかける。

 その声を耳にしながら、こちらを見つめる男の顔をじっと見つめていた狛哉は、今しがた自分を襲った光の正体について考えを巡らせていた。


(太陽は僕の背中側にあった。光が目に飛び込んできたのは一瞬で、しかも右目だけ眩しさを感じたってことは、何かが発光したっていうよりかは……したのか?)


 夕方とはいえ、春の日が沈んでいないこの時間にライトを使って道を照らしながら移動する人間はいない。

 そもそも何かが光ったとすれば自分だけでなくこだまも気がつくはずだし、周囲に光を放つ物なんて存在していなかった。


 となれば……自分を襲った光の正体として考えられる可能性は、太陽の光を何かが反射させたというものだ。


 その場合、位置的に考えて反射物を持っていたのは狛哉が今、見つめているこの男で間違いない。

 ただ、彼が何で光を反射させたのかが全くわからないでいる。


 身だしなみを確認するようの手鏡? ……いや、それはなさそうだ。

 失礼ながら、男は決して清潔で身綺麗といった風貌はしておらず、自分の見た目に気を遣うような人間とは思えない。


 鞄などの所持品の金具の部分に光が反射したのかもしれないと考えた狛哉であったが、男は完全に手ぶらの状態であるからその可能性も否定された。


 では、何が光を反射させたのだろうか?

 そもそも、一瞬だけ光が自分の目に浴びせられるシチュエーション自体が不自然ではないか……と考えた狛哉の脳内に電撃が走る。


 ほんの一瞬……数秒にも満たないその時間だけ自分が光を感じていたということは、あの男は狛哉たちの方に光を反射させる何かを向けていたということだ。

 身だしなみを確認するための手鏡ならば自分の方に向けなければ意味がない、金具などの装飾品ならば一瞬だけではなくずっと光を反射し続けていなくてはおかしい。


 一瞬だけこちらへと向ける必要があって、光を反射する何か……その二つの条件を満たす存在の正体に気が付いた狛哉は、思わず声に出してその名を呟いていた。


「カメラの、レンズ……!?」


「えっ……?」


 そう、そうだ。そう考えれば辻褄が合う。

 目の前の男がスマートフォンか何かに内蔵されたカメラのレンズを向けたと考えれば、全ての不自然さに説明がつく。


 男は狛哉たちのことを撮影するためにこっそりとレンズを向け、シャッターを切った。

 その際、反射した太陽光が狛哉の目に飛び込んできたのだと考えれば、何もかもが納得できる。


 ゆっくりと、男から視線を逸らした狛哉は、自分のことを不安気に見つめるこだまの顔を数秒見つめてから、再び彼の方へと顔を向けた。

 もしもこの考えが正しいとしたら、自分が感じた眩しさが気のせいでなかったとしたら……この男の正体と目的は、きっと――


「くっ!!」


「あっ!? 待てっ!!」


 ――狛哉の思考は、そこで中断する羽目になった。

 彼の視線を浴び続けていた男が、表情を歪めると共に全力で逃走を始めたからだ。


 咄嗟に男の後を追って駆け出した狛哉は、こだまにも話していた自慢の脚力で瞬く間にその距離を縮めていく。

 必死の形相を浮かべてこちらを見つめ、逃亡を図ろうとする男の背に飛びついた狛哉は、暴れる彼を懸命に抑え込んで上着のポケットを探り始めた。


「何だよテメー!? 自分が何してんのかわかってんのかよ!?」


「大人しくしてください! 暴れないで!」


 ジタバタと暴れる男の抵抗に苦戦する狛哉。

 傍から見ればかなり異質な光景ではあるが、急に自分たちから逃走したことから考えるに、この男には何か後ろめたいことがあるのは間違いない。


 多少強引ではあるが、どうにかして悪事の証拠を確保しなければ……と、狛哉が悪戦苦闘していると――


「八神? お前、何やってるんだ?」


「あっ、野口くん! こっこここ、この人の、スマホっ!!」


 そこに偶然、数名の男子と共にクラスメイトである野口が通りがかった。

 男の背に乗り、身動きを必死に封じている狛哉へと声をかけた彼は、それに対する返事とこちらへと駆け寄ってくるこだまの姿を見て全てを察したようだ。


「頼む、八神に手を貸してやってくれ! 八神、こいつのスマホを確保すればいいんだな!?」


「うんっ! お願いっ!!」


「チクショーッ! 放せよっ!!」


 八神の友人である男子たちが狛哉に手を貸し、男の腕と脚を押さえる。

 数人がかりで押さえ込まれた男が怒気を荒げて叫ぶ中、野口と共に上着のポケットから彼のスマートフォンを確保した狛哉は、掛けられていた指紋認証を男自身の手を利用して突破すると共に、写真のデータを確認していく。

 そして……表示された画像の中に、自分とこだまが談笑する写真があることを確認し、それを男子たちに押さえ込まれている男へと見せつけながら言った。


「これ、僕たちの写真ですよね? どうして無断で撮影したんですか?」


「うっ……」


「……警察に通報しても構いませんね? これは立派な盗撮ですし、急に逃げ出したことも含めて、怪し過ぎますから」


「………」


 証拠を押さえた狛哉から尋問された男は、抵抗を諦めたのか力なく地面に顔を伏せて黙りこくってしまった。

 振り返った狛哉は、既に野口が警察に通報していただけでなく、下校中の生徒たちによってちょっとした人だかりができていることに気が付く。


「は、ハチ! いったい、どうしたのよ?」


 そこでようやく自分に追いついたこだまに声をかけられた狛哉は、手にしていた男のスマートフォンと画面に表示されている自分たちの写真を彼女へと見せつけた。

 そして、その写真とクラスメイトたちに押さえ込まれて動けなくなっている男と、狛哉の顔を順番に見つめて呆然としていた彼女へと、端的に事実を伝える。


「盗撮犯だったんだよ、この人。どのくらい前からかはわからないけど、森本さんを狙ってたんだ。警察にも通報したし、証拠も押さえた。あとは警察に任せよう」


「……こいつが? あたしを狙ってた、変態男の正体?」


 狛哉の言葉を受け、信じられないとばかりに倒れている男を見つめるこだま。

 突然過ぎる盗撮犯との出会いに言葉を失っている彼女をそっと支えた彼は、警察が到着するまでの間にどうにか冷静さを取り戻すべく、荒くなった呼吸を必死に整えていくのであった。

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