第41話 ご主人様は僕にだけデレてくれる
「えっ……!?」
謝罪……あのこだまが、弱々しい声で自分に対して謝罪の言葉を述べた。
こんな状況でいきなりそんなことを言われた狛哉はわかりやす過ぎるくらいに動揺するも、驚き過ぎたが故に硬直してしまっている。
優しく彼の頭を撫でながら、ぽつぽつと呟きながら……こだまは、静かにそんな狛哉へと語りかけていった。
「自分が強がってるだけのかわいくない女だってことはわかってる。あんたがそんなあたしのことを気遣って、一生懸命になってくれてることも。本当は罵りたいわけじゃあないのに、どうしてもあんなことしか言えなくって……辛く当たってばっかりでごめんね、ハチ」
「ぼっ、僕は、そんなこと気にしてないよ! 森本さんが優しい人だっていうことは、わかってるから!」
「……あんたってば本当、底抜けのお人好しよね。でも多分、あたしはあんたのそういうところに救われてるんだと思う。入学式の日、あんたと出会えて良かったわ、ハチ」
これはあのこだまなのだろうか? と失礼なことを考える狛哉。
あの傍若無人で、我がままで、自分をジャイアントスイング並みの勢いで振り回し続ける彼女と、今、自分を膝枕してくれているこの少女が同一人物なのかと、ちょっとだけ疑ってしまった彼であったが……これが普段、表に出すことのできないこだまの一部分であることはわかっていた。
入学初日、こだまは照れ隠しで強い言葉を吐きながらも自分に対する気遣いを見せてくれていた。
わかりにくいようでいてはっきりと感じることができる彼女の優しさに触れたからこそ、狛哉はこうして彼女の犬として我がままに付き合い続けているのだろう。
本当はとても優しい。だけど、自分を強く見せなくてはという思いからどうしても素直になれず、虚勢ばかり張っている。
意地っ張りで、我がままで、そんなふうにしか振る舞えない自分が好きになれない、どこか危なっかしい少女、それが森本こだまという人間なのだ。
そんな彼女が今、自分に対して弱味を見せながら素直な感情を吐露してくれている。
それは突拍子のないことのように思えるが、この行動が彼女の心を楽にすることに繋がるのだと、狛哉は落ち着きつつあるこだまの声を聞きながら思っていた。
今の彼女には他者からの慰めも励ましも大して支えにならない。
必要なのはこだま自身が自分の心を落ち着かせることと、信頼できる相手だ。
ストーカーの影に怯えながら、それでも弱味を見せぬように振る舞おうとする彼女は、そのせいで日々精神を摩耗し続けているのだろう。
自宅で落ち着くことはできても、不安を吐露して相談できる相手はいない。両親がそうなのかもしれないと思っていたが、彼女は未だに親にストーカー被害について話していないようだ。
こだまの内側にある不安や負担をなくすためには、他者というよりも彼女自身が気持ちを切り替えなければならない。
自分の気持ちを整理するためにも、心を落ち着かせるためにも、甘えることができる相手は必要不可欠だ。
その相手に、こだまは狛哉を選んだ。
情けなくて、未熟で、彼女からしてみればダメダメな駄犬ではあるものの、彼の底抜けの優しさがこだまの心を動かしてみせた。
狛哉ならば自分の弱さを笑わずに受け止めてくれると、不安を感じている自分のことを優しく包み込んでくれると、そう考えたからこそ、こだまは初めて素の自分を曝け出し、本音を彼に打ち明けてみせたのだろう。
飼い犬に対して優しくしているようで、実はご主人様の方が甘えている。
今、狛哉には自分の頭を撫でながら語るこだまの表情を窺うことはできないが、彼女が少しずつ落ち着きを取り戻していることは声の感じからわかった。
「……ハチは、これからもあたしのことを守ってくれる? ひどいこと言ってばっかりのあたしの傍にいてくれる?」
「……もちろんだよ。こんな僕で良ければ、これからも森本さんが笑ってくれるように、一生懸命頑張るから」
不安を滲ませた声での問いかけに対する狛哉の答えは、はいでもYESでもワンでもなかった。
それでも、彼らしい真面目で誠実なその答えを聞いたこだまは小さく微笑むと、嬉しそうに飼い犬の頭を撫でる。
その手の温もりから彼女からの信頼を感じ取った狛哉は、今の約束を嘘にせぬようこれからも彼女を守ってみせると誓うのであった。
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