第40話 ハチ公、ご主人様に膝枕をしてもらう
(こういう時、どうすればいいのかな……?)
自分から提案しておいてなんだが、狛哉はこういった場合の正しい振る舞いというものがわからないでいる。
こだまと一緒に無言のままにベンチで並んで座っているだけの状況が正答ではないということだけは理解している彼は、自分の正しい行動というやつを一生懸命に考えていた。
何か飲み物を買ってくるということを考えたのだが、不安を感じているであろう今のこだまを一人にしたくないと思ってしまう。
かといって慰めの言葉をかけても彼女のプライドを傷つけるだけだし……と、こだまの性格や現在の状況を踏まえてあれこれと様々な行動をシミュレートしていた狛哉であったが、そんな彼に対して逆にこだまが声をかけてきた。
「……笑いなさいよ。気持ちを落ち着かせるのも、肝が小さいのもお前の方だって、そう言って笑えばいいじゃない」
「え……?」
「大口叩いておいて、いざとなったらびくびく震えてるだけの弱い女だって、笑いなさいよ……!」
登校中に自分が口にした狛哉への発言を引き合いに出し、自嘲気味に彼へとそう言うこだま。
笑え、とは言っているもののその言葉には荒々しさが込められており、自分自身の不甲斐なさに対しての怒りが込められている。
これが正解なのかはわからない。だが、色々と小賢しいことを考えるよりも、実直に接した方がいいと狛哉は思った。
荒れるこだまに対して正直な自分の気持ちを伝え、彼女を上手く癒すこともできない自分自身の不甲斐なさを詫びてみせれば、こだまもまた素直な自分の心情を吐露し始める。
「……笑わないよ。笑えない。僕だって怖かったし、気持ち悪いと思った。男の僕ですらそうなんだから、女の子である森本さんが怯えるのも当然だと思う。だから、僕は森本さんを笑わない」
「うるさい。慰めるな、哀れむな、気を遣うな……! バカハチ、駄犬、ダメ犬……!!」
「……ごめん」
「謝らないでよ。余計に惨めになるじゃない……!」
慰めも、励ましも、今はこだまの心を傷付けるだけだ。
無言で彼女の痛みを受け止めたとしてもそれは変わらないだろうし、むしろ惨めさを加速させるだけなのだろう。
涙しているわけではないが、相当に追い詰められているであろうこだまのことを気遣う狛哉が、そんなことを考えながらじっと彼女のことを見つめていると――
「……ハチ、頭貸しなさい」
「え? あ、頭? って、どういう……?」
「ええい、まどろっこしい! こうよ、こう!!」
「うわあっ!?」
唐突な命令に戸惑っていた狛哉は、こだまに思い切り引っ張られてベンチの上で寝転がる羽目になってしまった。
ただし、貸せと言われた頭は固い木製の椅子の上でなく、柔らかい彼女の腿の上に置かれることになり、自分が膝枕をしてもらっている状態になっていることに気がついた狛哉は、大慌てでこだまへと声を上げる。
「あ、あのっ! 森本さん!? 流石にこれは恥ずかしいし、何の意味が――!?」
「うっさい! あたしの命令にははいかYESかワン! 何度言えば理解するの!?」
「わ、わおぉん……!?」
横向きの、彼女の腹に後頭部が当たる姿勢のまま、視線だけをこだまの顔に向けて抗議しようとした狛哉であったが、即座に凄い剣幕で怒鳴られて犬モードに入ってしまった。
この体勢だと膝の上に頭を置いている自分からはこだまの見事な南半球しか見えておらず、彼女が今、どんな顔をしているのかを確認することができない。
何で突然、自分は膝枕してもらうことになったのか? こだまは何を考えているのだろうか?
誰かに見られたら恥ずかしいなと思いながらも、これがご主人様である彼女の命令ならば……と羞恥心を堪える狛哉の頭に、こだまの両手が迫る。
「わ、わ……っ!?」
小さく温かい手がおでこの辺りに触れる。
優しく、丁寧に、髪を掻き分けながら頭部を撫でるこだまの手の動きに、狛哉は込み上げてくる羞恥を必死に堪えた。
「あ、あの……どうしてこんなことをしてるの、かな……?」
「………」
「せ、せめて理由くらいは説明してほしいんですけど……?」
「………」
「も、森本さん? 僕の声、聞こえてる?」
「うるさい、静かにしなさい」
「わぉん……」
自身の柔らかい脚とたわわな胸の間にあるスペースにすっぽりと収まった狛哉の頭を撫で、ふわふわとした黒い髪を指で弄ぶこだまは、困惑する彼の言葉を徹底的に無視し続けている。
彼女の手の感触だとか、視界に映る生足だとか、ちょっと気を抜けば触れてしまいそうになる大きな胸の膨らみだとか……そういった煩悩を必死に押し殺して無心になっている狛哉は、この行動の真意を尋ねるのは諦めることにした。
理由はわからないが、こだまはこうしていたいらしい。
ならば、飼い犬として彼女の要望に応えてあげようではないか。
少しばかり……いや、死ぬほど恥ずかしくはあるが、それでも彼女がこうしていると気が紛れるのならば甘んじて頭を貸し出そう。
もごもごと動きそうになる口を必死に真一文字に結び、顔を真っ赤に染めながら、こだまに為すがままにされていた狛哉であったが、その耳に彼女からの驚くべき一言が響く。
「……ごめんね、ハチ。酷いことばっかり言って、ごめん」
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