第31話 ハチ公、ご主人様をエスコートする

 ぎこちないながらも自分を褒める狛哉の言葉に、こだまの機嫌も回復したようだ。

 そのまま駅へと入った二人は、予定通りの電車に乗って水族館へと向かって行く。


 移動時間中もどうにかこうにか会話を続け、いつかの帰り道のような気まずい沈黙を作らぬよう頑張る狛哉の努力を感じ取ったのか、こだまも彼の話にしっかりと反応してくれていた。

 登校中のバスの空気と同じようで違う、不思議な雰囲気の中で過ごした二人は、二十分程度の移動を終えると目的地である駅で電車を降りる。


「ここだよ。水族館は駅のすぐ近くだから、そこまで歩かなくて大丈夫みたい」


 そうこだまに伝えつつ、彼女の歩幅に合わせてゆっくり目のペースで歩く狛哉。

 階段を降りる際にも念のために彼女の前を歩き、体勢を崩した時に支えられるよう気を遣いながら彼女をエスコートしていく。


「……へえ、少しはやるじゃない。前調べ、してきたんだ?」


「まあ、一応はね。きちんとエスコートして楽しませろ、って森本さんに言われたし……」


「ご主人様の言いつけを守ろうと努力するのはいいことよ。多少、ぎこちないところはあるけれども、その心意気に免じて許してあげるわ」


 最初から何もかも完璧にできるとは思ってなかったしね、と付け加えつつこだまがクスリと笑う。

 自分に至らない点は多々あるとは自覚していた狛哉だが、彼女の反応から少なくともこだまにとっての合格ラインには到達していることを感じ取り、ほっと胸を撫で下ろした。


 そうこうしている間に水族館前までやって来た二人は、そのままチケット売り場へと進んでいく。

 自分の分まで支払いを済ませた狛哉からチケットを受け取ったこだまは、ポーチから財布を取り出しつつ、彼へと立て替えてもらった分の金額を返そうとした。


「チケット料金、千八百円だったわよね? お釣りがあったら二千円で渡すけど、どうする?」


「ああ、いいよ。今日は僕が誘ったわけだし、森本さんにはいつもハンバーガーとかパンとか奢ってもらってるから。これはそのお返し、ってことで」


「……そう。あんたがそう言うのなら、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 ハンバーガーのセットやパンの一つ二つ程度ではチケットの料金には届かないと思うが……という言葉を飲み込んだこだまは、素直に狛哉の厚意に甘えることにした。

 というより、これが彼なりの意地の見せ方というか、今日は自分がこだまを引っ張って楽しませるのだという狛哉の心意気のようなものだと判断し、彼の気持ちを汲んで敢えて乗ったという方が正しいだろう。


 無理をしちゃってとは思いつつも、そういう部分がかわいらしくもあるのだと、自分の飼い犬の努力に小さく微笑んだこだまはとんとんと小走りで数歩進むと、狛哉へと振り返って口を開く。


「さあ、行くわよ。ついてきなさい、ハチ!」 


「あわわ、ちょっと待って……!!」


 今日も今日とてこだまに振り回されながら、彼女を追って水族館に入場する狛哉。

 幻想的な雰囲気を感じさせるBGMが流れる館内をこだまと共に進んでいけば、華やかなサンゴ礁とそこで生きる生物たちを展示する水槽の光景が目に入った。

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